今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その74を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
自分としては意外な展開だったのは、四女の妙子が人形製作と洋裁学院を怠けはじめてしまったというところで、これは写真家だった板倉との縁が切れたこと以上に、不倫男奥畑啓坊との付きあいが色濃くなってきたから、それと不釣り合いな行為が薄れてきてしまったのではというように自分には思えました。奥畑啓坊はじつの父からも「店員とグルになって、店の品物を持ち出し」て窃盗を繰り返して「勘当」されたし、妙子の親族も「奥畑をひどく嫌っている」わけで、その啓坊と妙子が無理やりのように近づいてしまったということがどうにも納得のゆかない展開なのでした。戦時中で、良い男がみんなどこかへ行ってしまうという時期が迫ってくる時世なので、裕福で雅な一家にも不幸が忍びよっているのでは、というように思いました……。
ただ姉や親族としても、妙子と啓坊が同棲を始めてしまった場合は、やむをえないが交際を認めるしかないという控えめな考え方でゆくつもりであるようです。もうこの大長編小説も後半ですから、これは、ようするにこういう婚姻を追ってゆく物語だったのか……というように思えてきました。話のスジはあらかた見えてきたのですが、この婚姻について、幸子や雪子や妙子はどう思うのか、そのあたりに注目して後編を見てゆくと良いのかなあ、と思いました。
妙子は自主独立した人なんだから命令するわけにはゆかないだろう、というのが今回の考えでした。
こんかいの幸子のいう「姉ちゃん」というのは四姉妹のなかの大姉の鶴子のことで、鶴子はこの物語ではほとんどまったく出てこない大御所の、遠い存在なのでした。
いよいよ登場人物がほとんど全て集まる、亡き父母のための法事がとりおこなわれるのでした。
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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
追記
「当日には、姉、正雄、梅子、貞之助夫婦、悦子、雪子、妙子の八人にお春が供をして、八時半に家を出た」それから「カタリナさん」と親しい「キリレンコさん」も同行するのでした。話しを聞くと、ドイツ出身のカタリナは、日本からドイツまで帰りつきそこから戦争を避けるためイギリスにようやっと着いて、ロンドンで働きはじめたのでした。ロンドンであっても戦争被害はあったわけで、まだまだ警戒すべき時期なのではという印象でした。
これまでたびたび思ってきたことなんですが、「細雪」は家族のことだけを描いた小説ですから、幸子や夫や妙子は本音をいっぱい言いあうわけなんですが、じっさいに親族に会うと、ただ会うだけで議論のぶつけあいというのは生じず、みんな黙って静かに親睦を深めるのです。これがなんとも日本らしい日本の物語という印象を受けました。谷崎の代表作である「痴人の愛」や「卍」にはそういう静かな日本の姿というのはあまり見うけられなかったです。落ちついた日本という姿が消えかかっている戦中だからこそ、谷崎は当時の作家が書きがたくなっている静けさを記していったのでは、というように思いました。
お手伝いさんのお春どんが、なぜか塚田という世帯持ちの棟梁に「なあお春どん、あんた僕の奥さんになっとくなはれ、あんたが承知してくれはったら、今直ぐにでも内の奴に出て貰いまっせ、いや、冗談と違いまっせ」という嘘を言われてからかわれているのが、なんだか妙だなと思う法事の一場面でした。