地方文化の確立について 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「地方文化の確立について」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは農村に関する、ほんの数ページの随筆です。単純化して物事を見てしまい、対象を美化したり恨みを抱いたりしてしまっている、という状況について、作家の坂口安吾が論じています。世間一般の常識が作った世界観とは、違うことが現実には起きている、ということを安吾が指摘しています。本文こうです。
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  我々は常識を思考の根底とし、その上に生活を営んでゐるが、常識は決して深い洞察から生れたものではなく、長い歴史的な思考の地盤であつたといふばかりで、その思考の根底が深く正しいものであることを意味してゐない。quomark end - 地方文化の確立について 坂口安吾
 
 安吾は常識を疑うひとつの実例として、国主体の記録に無いような、脱税をした人々というのが居るんだと、指摘しています。そういえば安吾は、敗戦寸前の状態であっても、徴兵されたりしなかったし、村八分にされたりしなかったし、思想犯として逮捕されなかったし、治安維持法違反で検挙されたりしなかったわけで、これは当時にしては非常にまれな存在だったと思います。巨大な組織に対して、制度の隙間をくぐり抜けることに成功した実績があるのが坂口安吾で、その人が、じつは古い時代の農民はおかみの課税を上手くかわしていたんだと、指摘しているのには説得力があるように思いました。本文こうです。
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  歴史家は土地制度の欠陥が貴族をふとらせたり武士を発生させたと言ふのであるが、見方を変へると、土地制度の欠陥を利用した農民達の狡猾さが日本を動かす原動力になつてゐたと見ることもできる。言ふまでもなく、農民達をしてかく狡猾な脱税方法を案出せしめたものは過当な課税であり国司や地頭の貪慾によるものであるが、ともかく彼等はあらゆる方法を用ひて脱税した。quomark end - 地方文化の確立について 坂口安吾
 
「人を見たら泥棒と思へ」とか「要心深い受身の性格は一見淳朴のやうではあるが、反面甚だ個人主義的なものであり一身の安穏のためには他の痛苦を考へない」というようにいろいろ書いていて、日本でいちばん作家をやりにくい1944年という時代にいったいどうやって作家であり続けたのか、その秘密がいくつか記されているように思いました。
 中盤で突如、京都の都会人にたいして痛烈な批判をはじめるんです。京都人には「一流の精神の欠如、自主的な自覚の不足」があって「東京の亜流」になっていると指摘していて……そういえばたしかに今でも、京都のネット業界は、ちょうど安吾の指摘通りのことが起きてしまっているのでは、と思いました。
 幼い頃に安吾は「鉄の橋が架けられることになり、日本一の木橋がなくなり郷土の自慢が一つへることに身を切られる思ひがした」これは滑稽なことであって、このような「保守的な感傷」は多くの人々が抱いたのだと指摘していて「伝統と排他性とを」混同しないようにと警告し「動物園の動物化を招いてゐる反進歩性が牢固として存在する」と、安吾は述べます。
 都市の権力者たちに「だまされた」とばかり述べて「自己の悪質な行為を」ベールのなかに包み隠してしまう、そのことに思いいたるべきだという内容でした。安吾の戦争論を理解するのに、ひとつの目安になるだろう一文が、記されていました。本文こうです。
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  軍国日本が今日の敗北をまねいたのは軍人に文化がなかつたからで、彼らに文化があつたなら、第一戦争などはしなかつたらう。(略)我々が文化への正当な認識と教養とを怠るなら、我々はせつかくの光明を自ら吹き消して暗中へ退歩する愚を犯すことゝなるのみであらう。quomark end - 地方文化の確立について 坂口安吾
 
 個々の文化というモノはどういうものか、というのを、安吾はこう記します。
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  文化とは何ぞや、と云へば、私は文化に就て答へるよりも、その母胎たるべきもの、自主の自覚、及び、自我の誠実なる内省を以て答へたい。之なくしては真実の文化は育たず、又、生れない。quomark end - 地方文化の確立について 坂口安吾
  
 終盤にこう記していました。
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 「だまされた」などと惨めな言葉は永遠に用ひずに済みたいものである。(略)自主的な選択が我執によつて固定せず、常に誠実な内省を加へて、自ら発育することを信条としなければならぬ。quomark end - 地方文化の確立について 坂口安吾
 
 「亜流の精神を取り去り、自らの思考を全日本的な宇宙的な高さに於てもとめること」……「東京の亜流となるな、自ら独自の創造をなせ」という言葉で締めくくっていました。
 

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