お泊り 平山千代子

 今日は、平山千代子の「お泊り」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 親戚の家にお邪魔した時の、幼心の心境を描いた場面が、なんだか印象に残りました。ふだんの自分の心情は不都合なものとして意識しないようにすることが多いと思うんですが、小説の場合は他人ごとなのでその心情の変転を客観的に観察できるところがあると思うんです。
 作中で、幼い「私」は親戚のかたに連れられて、宝塚の華やかな歌劇を見に行くんです。じつの家族が見せてくれなかったものなんです。幼い「私」は、お母さんならこれを認めてくれない、と思いながら、どぎまぎして、この華やかなものを生まれてはじめて観劇します。
 その心情の描写がリアルすぎて、見ちゃいけないものを文字で読んでいる気分に、なりました。
 子どもの頃って、そういえばこういう心情だった、とか思いました。
 

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時間 横光利一

 今日は、横光利一の「時間」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ぼくはこれを読むのは2回目です。サーカスの座長が、消え去ってしまって、取り残された「私達」は、宿屋の宿泊費を払う金さえ無い。そこから集団で脱走劇が始まるんですが、映画の序盤のように悪役がまったく目に見えない、見えないところを言語化しつづけているのがなんだか迫力のあるように思いました。
 逃走している集団の中で1人だけ病人がいる。その人とどう逃げてどう生き延びようか、というところの描写が印象深かったです。
 

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追記  用意周到な伏線を張り巡らせた超絶技巧の現代海外ドラマを見慣れてしまうと、近代の小説がちょっと陳腐に見えてしまって、それで良いのかと、突っ込んでしまいたくなるようなオチに遭遇することがあると思うんですが、今回のはどうもそれで、精読できる読者はもっとこの小説の魅力を発見できるんだろうなあ……と思いました。
 

断食芸人フランツ・カフカ

 今日は、フランツ・カフカの「断食芸人」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 あの「変身」を描いたカフカが、断食する男のことを書いていて、なんだか引き込まれました。ちょっと調べてみると、人間の場合は5日間くらいずっと水を飲まないと非常に危険で死んでしまうそうですが、液体を飲んで良い断食というとかなり安定して長期的に暮らせるそうです。そういえば、砂漠に生きる現代人はそもそも、ミルクとチーズだけでずっと生きている人たちがほんとに居るわけですし、固形物を大量に食べる必要はあんまり無いのでは、と思ったことがあります。長寿の秘訣には、豚肉の野菜炒めを日常的に食べるのがいちばんだ、というのも聞いたことがあるんですけど。
アンガス・バルビエーリという奇妙なスコットランド人のことを連想しました。
 

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wikipediaには断食に関する記載でこう記していました。
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  ギネスの職員によれば、「安全でない」行動が奨励されることへの懸念から、ギネスは断食に関する記録を受け入れるのを止めたという。quomark end - 断食芸人フランツ・カフカ
 
 カフカには、近現代人の意識の変容のありさまを上手く予測する能力があって、それで創作に説得力があってみごとなんだろうと思います。
 終盤で、豹が突然現れるのが、不思議な隠喩の効果をもたらしているように、思われました。

 

あの頃の自分の事 芥川龍之介

 今日は、芥川龍之介の「あの頃の自分の事」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは序文に、実話をただ単簡に書いたものだ、と、私小説のように書いた作品だ、と記しているんですが、学生時代の文学活動について書いています。けっこういろんな作家のことが記されていて、シェークスピアから田山花袋、ロマンロランに、ドストエフスキー、谷崎潤一郎、永井荷風、テオフィル・ゴーティエボードレール……あと武者小路実篤氏の作品と思想についてことこまかに記していました。
 芥川龍之介が『鼻』を書いている頃の、文学活動についていろいろ書いていました。
 後半で、喫煙室に偶然やって来た谷崎潤一郎のことを書いています。谷崎潤一郎と芥川龍之介は、文学批判の応酬をしたことで有名なんですけれども、その前段の関わりと、前期谷崎作品に対する寸評が記されているというように思いました。谷崎のほうが5歳くらい年上で5年はやく作家になっているんですけどほぼ同年代というように思います。
 本作では「鼻」を書いた時期に「財布」という作品も書いたらしいのですが、ぼくにはこの題名の作品がどこにあってどういう作品なのか、分からなかったです。芥川の作品には「財布」に関してこういう記載があります。
quomark03 - あの頃の自分の事 芥川龍之介
  クリストの財布(略)クリストの収入は恐らくはジヤアナリズムによつてゐたのであらう。が、彼は「明日のことを考へるな」と云ふほどのボヘミアンだつた。ボヘミアン?――我々はここにもクリストの中の共産主義者を見ることは困難ではない。しかし彼は兎も角も彼の天才の飛躍するまま、明日のことを顧みなかつた。「ヨブ記」を書いたジヤアナリストは或は彼よりも雄大だつたかも知れない。しかし彼は「ヨブ記」にない優しさを忍びこます手腕を持つてゐた。この手腕は少からず彼の収入をたすけたことであらう。彼のジヤアナリズムは十字架にかかる前に正に最高の市価を占めてゐた。しかし彼の死後に比べれば、――現にアメリカ聖書会社は神聖にも年々に利益を占めてゐる。……(続西方の人より)quomark end - あの頃の自分の事 芥川龍之介
 

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世相 織田作之助

 今日は、織田作之助の「世相」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦時中は殺人事件の報道や事件を描きだす小説もほとんど禁止されていたんですが、敗戦でその部分の報道が自由になって、阿部定事件も自由に書けるようになった。阿部定って当時はそうとうの美女だったんだと思います。
 こんかい織田作之助は、おもに3つの話を描いています。若いころのデカダンでエログロな恋愛の実体験と、阿部定事件に妙にくわしい天ぷら屋の主人と、戦争から帰ってきて完全な浮浪者になって衣食住のすべてを失っている幼なじみの横堀千吉の話です。この小説は私小説とか実話小説に近いもので、現実をいろいろ描写しています。ぼくは貧困にあらがう横堀千吉の生きざまに魅了されました。かつて100円というけっこうな金額を盗んでいって、浮浪者そのものになってシラミだらけの幼なじみが家にやって来て、織田作之助はこう記します。
quomark03 - 世相 織田作之助
  横堀の身なりを見た途端、もしかしたら浮浪者の仲間にはいって大阪駅あたりで野宿していたのではないかとピンと来て、もはや横堀は放浪小説を書きつづけて来た私の作中人物であった。quomark end - 世相 織田作之助
 
 天ぷら屋の主人は戦中ひそかに、阿部定事件を追った裁判記録を手に入れていて、作家である「私」つまり織田作之助にこの秘蔵の本を、見せてくれるんです。けれども作之助はこのころに「風俗壊乱」の罪で発禁処分を受けているので、阿部定の恋愛を井原西鶴みたいにみごとに書いてみたいけれども、検閲を通るわけがないので、どうしても書けなかった。それが戦後になって、ふたたび天ぷら屋の主人とめぐりあったので、あの阿部定事件の秘蔵本はどうなったんです? と聞いたのですが、やはり空襲でぜんぶ焼けて消えてしまっていた。ところが……。つづきは本文をごらんください。
 

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追記
 ここからはネタバレなので、未読の方は本文だけを先に読んでもらいたいのですが、幼なじみの横堀千吉が、何もかも失った貧困のきわみの中から、闇市や違法賭博で金を稼いでしたたかに儲けてゆく描写がみごとでした。あと、天ぷら屋の主人がどうしてあんなに謎めいた阿部定事件の秘蔵本を金庫に隠し持っていたのかというと、じつは天ぷら屋はクリスチャンの妻との関係性が乏しくてうらぶれていたころに、まさに阿部定本人と出逢っていて、何十日間にもわたるすごい不倫の日々を送っていたらしいんです。作家の織田作之助がこれを描きだして、なんとも無頼な作品だと思いました。中盤から後半が魅力的な小説でした……。

神サマを生んだ人々 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「神サマを生んだ人々」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは戦後になって信教の自由が生じ、謎めいているんだけれども他人に害はもたらさない、奇妙な集団が現れた。最近で言うとパナウェーブとか、そういうのだと思います。戦後すぐの新宗教を描いた物語で、なかなか迫力があって恐ろしい、面白味のある小説でした……。いろいろ信じがたいものごとに関わっているのだけれども、したたかに生き残ろうとする男女の姿が描きだされています。最後の一文で妙なことを告げていて、呆気にとられました。
  

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