メリイクリスマス 太宰治

 今日は、太宰治の「メリイクリスマス」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 太宰治といえば「女生徒」がおすすめです。
 この物語の序盤……雑踏の中で、ある女性から話しかけられる、誰だったかを思いだそうとして、正体が明らかになる場面があります。本文こうです。
quomark03 - メリイクリスマス 太宰治
 緑色の帽子をかぶり、帽子のひもあごで結び、真赤なレンコオトを着ている。見る見るそのひとは若くなって、まるで十二、三の少女になり、私の思い出の中の或る影像とぴったり重って来た。quomark end - メリイクリスマス 太宰治
 
 この箇所が、物語のはじまりの部分だと思うんですが、みごとな美文に思いました。
 太宰治はユダについて独自の物語を編んでいましたが、キリストについてはどのように考えていたのだろうか、と思いました。
  

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追記  太宰治は、戦時中の大衆や文壇からの評価が高かっただけではなく、戦中の軍部からもいちおうの許可を得て作品を書きつづけた希有な作家で、さらに戦後にもあまたに愛読されました。驚くほど広範囲な読者に読まれた作家だと思います。いかなる状況でも恋を描いたりしていて、今回も中盤にそれが記されています。今回は戦時中に広島で生きた母と残された娘のことが描かれるんです。太宰治は、20世紀後半の中国大陸でもっとも読まれた日本人作家なんです。中国人は太宰治をよく読んだ、という視点から、太宰治の戦中戦後作品を読んでみると、世界文学として広まっていった近代の作品……ということが見えてくるように、思います。アメリカ文化や戦後すぐの社会についてどう描いたんだろうか、というのもちょっと見える作品に思いました。

倫敦消息 夏目漱石

 今日は、夏目漱石の「倫敦消息」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 イギリス留学中に漱石はなんだかおかしくなった、という奇妙な噂があったらしいんですが、そのころにじっさいの漱石はどういうことを考えていたのか、ロンドンでの出来事を漱石が記しています。
 まずはイースターのことや旅行のこと、朝食の焼パンやベーコンのことなどが記されています。
 漱石は英語や英文学を学びながら、2つの拠点がある状態でこう考えます。
 日本人のほとんどが「日本に満足して己らが一般の国民を堕落の淵に誘いつつあるかを知らざるほど近視眼であるか」ということを論じています。
 「吾輩」の日記のような記載が続いてから、トルストイが宗務院シノードから破門されたことについて書いていました。これは当時は世界的に報道された問題で、ネットではこの記事で詳細に記されていました。
 イギリスで下宿先の引越をせねばならなくなった事態や、英語の専門家である漱石が、ネイティブからいろいろ得意げに教えられてちょっと辟易とした話の箇所がなんだかユーモラスでした。
 この本は実話に近いものだと思うんですけど、ぼくとしては「吾輩は猫である」の中盤部分よりもずいぶん興味深い物語であると思いました。
 最後にどうしてこのロンドン日記を書いたのか、正岡子規のために書いた、という一文は、自分としては漱石文学全体を読むにあたって重要な記載であると思いました。
 

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かのように 森鴎外

 今日は、森鴎外の「かのように」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 小倉百人一首と天皇家の関係性を読解した戦後小説家の随筆がおもしろくて、なぜ学者よりもくわしく書けるんだろうか、と不思議に思ったことがあるんですが、森鴎外は今回、近代日本人の宗教性について、秀麿という若い青年を登場させて論じさせています。若者の好奇心と学者の研究意欲の両面を併せもつのが作家なのでは、と思いました。
 神道はそういえば、文字に頼らない方針なのか、神道の本というのがとても少ないように思います。物語論や大衆論から宗教を読み説く、森鴎外の言説が興味深かったです。
 漱石も記した、高等遊民である主人公が、ものを思ってものを言う。「かのように」という言葉は後半の70%あたりから30回ほど登場します。友人の綾小路にたいして、主人公の秀麿はこう述べます。
quomark03 - かのように 森鴎外
  人間の智識、学問はさて置き、宗教でもなんでも、その根本を調べて見ると、事実として証拠立てられない或る物を建立している。即ちかのようにが土台に横わっている
 (略)
 君がさっきから怪物々々と云っている、その、かのようにだがね。あれは決して怪物ではない。かのようにがなくては、学問もなければ、芸術もない、宗教もない。人生のあらゆる価値のあるものは、かのようにを中心にしている。昔の人が人格のある単数の神や、複数の神の存在を信じて、その前に頭を屈めたように、僕はかのようにの前に敬虔に頭を屈める。quomark end - かのように 森鴎外
 
 真面目であるがゆえに八方塞がりの状況を感じている、青年たちの語り合いがなんだか、若き日の漱石と鴎外の対話のようで印象に残る、すてきな小説でした。
  

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眠れる人 堀辰雄

 今日は、堀辰雄の「眠れる人」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 堀辰雄の作品を読むと、百年前の時代とは思えないくらい洗練されていて上品で、最近の現代小説でも読んでいる気分になります。これはもしかすると、堀辰雄を愛読した作家が現代人には多い、堀辰雄が近代から現代小説への変化の筋道を構成したのかも、と思いました。ところどころ今は排除されて消え去っている百年前の思潮が混じっているので、なんだか不思議な異世界を描きだした幻想小説を読んでいるような感じもあってすてきでした。
quomark03 - 眠れる人 堀辰雄
 眠りがときどき僕たちの中を通り過ぎるのである。その度毎に僕は歩きながら眠る。しかし眠りが非常に靜かに僕の中を通り過ぎるので殆どそれに氣づかない位である。僕たちはある廣場に出る。突然、一臺の自動車が僕たちを追い越すためにサイレンを鳴らす。それが僕を眼ざめさせる。すると僕は、その瞬間まで殆ど感じてゐなかつた………
……quomark end - 眠れる人 堀辰雄
 

0000 - 眠れる人 堀辰雄

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細雪(1) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その1を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回から百回くらいかけて谷崎の細雪を読んでゆこうと思います。ぼくは「陰翳礼賛」と「痴人の愛」と「卍」は読んだんですが、これははじめて読むのでとても楽しみです。この小説は上巻中巻下巻の3冊あります。今回は全巻を通読してゆけるようにまとめてみました。
 ぜんぶで百章ちょっとあってぼくはまだ第一章しか読めていません。鶴子・幸子・雪子・妙子の4姉妹の物語だそうです。悦ちゃんというのは幸子の娘です。
 4姉妹のおもな呼び名や属性は、鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)というようになっています。三女の雪子がどのようなひとと結婚をするのか、というのから物語が始まります。
「なあ、こいさん、雪子ちゃんの話、又一つあるねんで」
 ということで、どういう結婚がありえるのか、4姉妹でいろいろ話してゆくようなんです。近い未来について何度もはなす、いろいろうわさをする、そういうところも話しとして展開してゆくようです。
 これは1936年からの約5年間を描いた作品で、当時の物価は1円でいまの1000円くらいの貨幣価値がありました。
 そういえば文豪ゲーテは色彩論や美学論を記しています。谷崎の「陰翳礼賛」は日本の美学を読み説いた随筆で、本作でも谷崎潤一郎の美のまなざしを堪能できるのでは、と思います。
 一番年下の妙子(こいさん)というのがヤンチャで大人ぶっていてなんだか魅力的です。
 作中のほとんどが関西弁なんですけど、谷崎潤一郎はじつは関西弁は話さなかったそうです。それなのにこんなにきれいな関西弁を書けるというのがすごいと思います。
 会社員のしっかりした稼ぎの男が見合い相手らしいのですが、フランス系の会社に勤めているので、結婚したらフランス語を教えてもらえるかも、ということを話しています。
 最初のほうからビタミンBの注射をする、という奇妙な話が出てきます。医者の手を借りずに、姉妹同士でこの美容法をやっている。現代ではビタミンのサプリメントを飲みたがる人がいて、そういうイメージなのかと思いますが、血も針もでてくるのでなんだか、秘蔵の美容法みたいで謎めいています。注射ごっこではなく、ほんとに姉妹で注射をしている……。次回に続きます。全三巻の全文をいっきょに通読することもできますので、好きなところを読んでみてください。
 

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「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

苦しく美しき夏 原民喜

 今日は、原民喜の「苦しく美しき夏」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 『苦しく美しき夏』は昭和二十四年に記された「私」と「妻」の物語で、妻がとつぜん体調を崩すところが描かれます。入院をして治癒して家に帰ってくる場面があります。本文こうです。
quomark03 - 苦しく美しき夏 原民喜
  妻が家に戻って来て、療養生活をつづけるようになってからも、烈しく突き離されたものと美しくきつけられたものが、いつもうずいていた。quomark end - 苦しく美しき夏 原民喜
 
 ここの前段の、赤の描写が印象的でした。「静かに少しずつ恢復へ向っているようなきざし」がみえてくる描写があります。原民喜の妻は、原爆投下の1年前である昭和19年9月に亡くなっています。この掌編小説を書いたのはその5年後のことです。原民喜の小説を読むときは、同時に「WEB広島文学資料館」のサイトを閲覧することをお薦めします。
 

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