模範少年に疑義あり 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「模範少年に疑義あり」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 敗戦寸前の戦時中の軍事の状況を、描いた随筆作品です。日本での空襲がどのようなものだったかをまず記しています。軍隊式の集団生活に適応した少年たちの姿にたいして、戦後すぐの坂口安吾がもの申している、酒飲みの不良少年たちが、焼夷弾の火事を食いとめたという事態を記して、家が残ったのは、消火した青年工員がこれを守ってくれたからだということを書いています。みんな逃げた地域では、火の手がやたらに広がってしまった。戦後2年のところで書いた、安吾の短編です。「東京の不良少年は日頃は規律に服さず生意気で憎たらしくて自分勝手なことをしてゐるが、いざとなると人のために」活躍をする、いっぽうで口だけ達者で危急のときはすぐに逃げ出す男たちにたいしては疑義を呈する、と安吾が書くのでした。巧言令色鮮し仁という、きびしい教えを連想しました……。
  

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学校友だち 芥川龍之介

 今日は、芥川龍之介の「学校友だち」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。 
 芥川龍之介にしては奇妙な作品で、これは物語小説と言うよりも、幼いころの現実の人間関係を書いてみた、という作品でした。露呈的な作風で、物語らしいところはほとんど無い、芥川のメモ帳をのぞき見たような、妙な短編でした。
 大人になってからすごい仕事をする人は、幼いころからその活動の萌芽があるもんだ、と思いました。中学生でツルゲーネフの『猟人日記』の英語版を読んでいた友人のことを書いています……。旧友の書棚の様子をやたらと暗記している芥川龍之介なのでした。昔から、本をいつも贈りあっていたことが記されています。おそらく後半に記される大島敏夫と平塚逸郎のことを書きたくて、このような羅列形式で、交際録を記したのでは、と思いました。なんだかすてきな小品でした。
  

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学問のすすめ(8)福沢諭吉

 今日は、福沢諭吉の「学問のすすめ」その8を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回は、食い倒れと着倒れというような、人間の欲望について論考しています。そういった欲望との付きあいかたについて書いているんですが、どうやって自己の欲を制御するかというと、限度を決めるわけで、その限度というのが、他人の活動を妨げていないかどうか(それと天の理に背いていないか)が境界線になる。美食や美服は楽しいものだから、やってみたいというのはとうぜんの欲なんですけれども、これで他人の日々が妨げられていると、これは限度を超えていて駄目なんだと言うことを、福沢諭吉は説いていました。
 他人の権利が侵害されていない……ハイキングだとか、観光とか、そういうのはいくらでも自由のはずだということを書いています。資本主義社会の今なら誰もがとうぜんだと思っていることでも、百数十年前だと、こういう自由も実現するのがむずかしかったのでは、と思いながら読みました。
 目上の者の命令に従うことが人生だ、という古い考え方は間違っている、自分は自分の思いで動くほうが、天の理にかなっている、ということを福沢は今回、説いていました。なぜ目上の者の命令に盲従するのがまずいかというと、それは他人の自由を減退させている権力者が増加するだけだからだ、と福沢諭吉は述べています。上意下達が徹底した社会では部下の心身から魂が抜けおちてしまっていて人形化しており「人の身と心とはまったくその居処を別にして、その身はあたかも他人の魂を止むる旅宿のごとし」という状態になってしまう。
 このあと、むずかしい国家論を語っています。それから、家庭内暴力についても論じています。福沢は徳川時代の貝原益軒が書いた「女大学」という本の、男尊女卑について厳しく断じていました。男尊女卑のやくざ男の愛人が増えるといったいどうなるのかについても論じていました。「わが心をもって他人の身を制すべからず」と書いていました。自分が自由で、他人も自由で、関わっている人が自由、というようなことが実現していると、罰せられることは無いし、天の理にも背いていない……ということを論じていました。また福沢諭吉は、和漢をひもときつつ親孝行はたいせつだということを書いています。
 現代日本でも重大な、普通教育を受けさせる義務についても書いていました。
 

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雪三題 中谷宇吉郎

 今日は、中谷宇吉郎の「雪三題」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦争中に戦争とまったく違うことをしていた人は多かったはずなんですが、今回の中谷宇吉郎は戦時中に、米国の気象学会会長が後援して出版されたベントレーの『雪の結晶』に刺戟されて始めた、中谷の仕事のことを書いています。1942年の戦争が激化して特高が言論統制を行っているころ自分の死期を感じつつ……「今までの十五年間の雪の研究をまとめて、二千枚の顕微鏡写真とともに、岩波書店へ渡しておいた」と書いていました。
 自然界の謎を解き明かしてゆく自然科学者の思いは世界共通のものであって、その研究のことを細かに記している随筆でした。中谷宇吉郎は、雪が生活をはばむことに関して、日本の北国の為政者が、その実情をよく見ていないことに疑義を呈しているのでした。
  作中で引用している、源実朝の歌というのは「奧山の岩垣沼に木の葉おちてしづめる心人しるらめや」という沼の底の木の葉について歌ったものでこれは万葉集第四巻の丹波大女娘子の和歌「鴨鳥の遊ぶこの池に木の葉落ちて浮きたる心我が思はなくに」という歌に感化されて作られた作品なんだと思います。鴨が遊んでいて、そこに落ち葉がぷっかりと浮くような、そういう浮ついた気持ちで思っているわけではありません、という歌なのでした。
  

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自分と詩との関係 高村光太郎

 今日は、高村光太郎の「自分と詩との関係」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 彫刻家で詩人の高村光太郎が、詩作する意味を記している随筆です。彫刻に物語性を持たせることを否定したく、本業の彫刻から、文学性を剥ぎ取ろうとして、詩を書いたというのがなんだか独特で驚く内容でした。硬いものを彫りつづけて、柔らかいものを表現する彫刻という仕事が、文と思索に多分な影響を与えているように思いました。自分の本業の芸術創作が「ほんとに物になるのは」晩期になってからだろうと、高村光太郎は記すのでした。

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学問のすすめ(7)福沢諭吉

 今日は、福沢諭吉の「学問のすすめ」その7を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回も福沢諭吉は国家論を述べるのですが、不思議なことを主張していました。誰もが一人で二役をこなしなさいと言うんです。
 経営者であるような認識と、世界に入りこんだ客であるような認識。
 福沢諭吉は、順法を旨としながら盛んな経営をするように勧めます。影で不正をしないような考え方を伝えるんです。会社の経営者でありながら客でもある、と考えた場合は、たしかに会社内で不正をしにくいように思います。客の視点で見るとこういうズルはできるけど、同時に社長の視点で見るとそのズルは経営を悪化させる、と分かるわけで、逆に汚いダンゴを売りさばいてたくさん儲けようとしたら客の視点で「それはまずい」となります。福沢諭吉が今回述べている「客と経営者の両方になりなさい」というのはすてきな考え方に思いました。
 政府の考えは自分の考えとまったく違うわけですが、とにかくいったん政府の命じる禁止事項に従う。そののちに政府に問題点を説明すべきだ、と記しています。
 貴賤上下の区別無く「ある程度の文化的な生活」をもたらして、生存権などの権利を国家は保障しないといけない、脱税や着服などの不公平もあってはならない。と、福沢諭吉は、大金が損失しかねない政府の行政上の失態や不正を許してはならないと説きます。
 今回も、政府を怖れて盲従してはいけない、集団的に抵抗せよ、というように説いていました。それから、ガンジーの述べる非暴力不服従とも通底した生きかたで、国の不正を改めさせるという考えについても記していました。
  

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