細雪(35)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その35を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ようやく水難の危機が退いてきたのでした。本文こうです。
quomark03 - 細雪(35)谷崎潤一郎
  雨のあとでひとしお青々としている庭の芝生の上に、白いちょうが二匹舞っており、ライラックと栴檀せんだんの樹の間の、雑草の中の水溜みずたまりにはとが降りて何かをあさり歩いているquomark end - 細雪(35)谷崎潤一郎
 
 それから、被害がどの程度であったかが、記されてゆくのでした。電車もバスもタクシーも徒歩も使って、泥だらけになって食料を調達してきた人が描かれ、それから子どもの悦子が学校からぶじ帰って来たり、風説に惑ったり、地下で被害が出たり、場所によってはなんの水害もなく美しいままの状態であったり、と妙な光景も描かれるのでした。
 妙子を救いに行ったはずの貞之助は前回、この物語にしてはめずらしく雄雄しい姿で出かけていったのに、なぜか貞之助が帰ってこない。どうもこの細雪は、四姉妹の女性だけが主人公で、戦時中における男が不在の世界を描いているんだなあと、思いました。隣家のシュトルツ婦人も、夫が帰ってこないままなので惑っています。
 それから奥畑がやってきて、恋人の妙子が見つからないということで、これを心配しているんですが、どうもこの状況を利用して、四姉妹に取り入ろうとしているのではないかというように警戒されているのでした。なんとも妙なことを書くもんだなあと思いました。
 幸子は、夫や妹がまだ帰ってこないので不安になっているんです。次回に続きます。
 

0000 - 細雪(35)谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
 

細雪(34) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その34を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 学校に行ったまま、安否が分からなくなった妙子を探して、父の貞之助は洪水が起きている本山駅の周辺を歩きつづけています。大河が氾濫したかのような「川でなくて海、———どす黒く濁った、土用波が寄せる時の泥海である。」けっきょく貞之助は大水によって立ち往生している汽車の中に入りこんで、水の引くのを待つしか無くなった。
 駅の中に避難している人々の描写が、ほんとうに谷崎がこの現場を見て帰ってきて書いたような、克明な描き方でした。なぜか線路のところに、どこかの犬が洪水と雨の中を迷子になっていて、これをみんなで助け出し、貞之助は家から持ってきていたブランデーを飲んで煙草を吸う場面がありました。半島の家族たちが汽車の中で避難している描写があり、妙子の通っている小学校が遠くに見えるけれども、大水のためにどうにもならない。今まで楽しそうだった学生も「事態が笑いごとでなくなりつつある」状況に疲弊しはじめている。「窓の外では濁流と濁流とが至る所で衝突し」ている。妙子のことを思って、貞之助はこう感じます。「今から一箇月前、先月の五日に「雪」を舞った時の妙子の姿が、異様ななつかしさとあでやかさを以て脳裡のうりに浮かんだ。」 数時間ほどしてやっと水がすこしだけ引いてきた。この前後の描写がみごとだと思いました。
quomark03 - 細雪(34) 谷崎潤一郎
  一心に外を見守っていた間に、はっと胸を躍らせるようなことが起っていた。と云うのは、いつの間にか線路の南側の方の水が減って行って、ところどころ砂があらわれて来たのである。反対に北側の方はいよいよ水が殖え、波が上りの線路を越えて、此方の線路へ打ち寄せつつあった。
「此方側は水が減ったぞ」
と、生徒の一人が叫んだ。
「あ、ほんとうだ。おい、これなら行けるぞ」quomark end - 細雪(34) 谷崎潤一郎
  
 まだ濁流が続いていて油断できない状況で、妙子の女学校にようやっと辿りついた貞之助なのでした。次回に続きます。
  

0000 - 細雪(34) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
 

細雪(33) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その33を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦後すぐ1945年の9月に広島で大規模な台風と水害が起きたのですが、谷崎はこの時代に「細雪」中盤後半を書いているんです。今回、谷崎は1938年7月の阪神大水害のことを書いていました。蒔岡一家の妙子や幸子やその娘の悦子が、芦屋で水流に飲まれそうになりながら、家族や町民の安否について心配をする、という内容でした。ドイツ人一家のことも記されています。
 これは今までの細雪の展開とは明らかに異なる内容で、序盤を書いていたころの谷崎の文学性と、異なる事態を書こうと思ったのでは、と思いました。第二次大戦の旧帝国のことや大空襲のことを文学に書くことがむずかしい、戦中戦後すぐのころに書かれた長編文学ですので、大空襲のことを作者や読者が連想しながら文豪が水害のことを書くというのは、読者に響く描写のように思いました。戦争被害の現場で、安否についてずっと惑いつづけるということは常に起きてきたはずで、これが大水の現場に居た人々と共通した、人間的な心情なのでは、と思いました。
 

0000 - 細雪(33) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
 

細雪(32) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その32を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 この物語は、父が不在である、ということが序盤から記されていたんですが、これに関する言及はほとんどなされなかったんですが、今回このことがこう明記されていました。「父が全盛時代に染めさせたこの一と揃いは、三人の画家に下絵を画かせた日本三景の三枚襲ね……」
 父が居たころはぜいたくで上品な暮らしぶりだった。「細雪」が書かれたのは大戦末期のころなんですが、作中の時代は1941年ごろです。
 また知り合いが、アメリカのハリウッドの映画会社で働こうとしていたことや、舞や寿司といった日本文化のことや、国際的な交流のことを今回もいろいろ記していました。日本の戦後のことを誰よりもいち早く捉えて書いていて、戦後にはこの本が世界的な人気を得た、と思いました。
 家族や皆の前で舞を踊るように、姉から依頼されて、妙子は豪華な和服を着て踊り、ロサンゼルスで写真術を学んできた板倉がこれを撮影しました。妙子は、東京に行った雪子が今回のつどいに参加できなかったことを残念に思うのでした。ドイツの少年が妙子の舞を、ほんとに熱心に見つめている、という描写がずいぶん印象に残りました。
   

0000 - 細雪(32) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。 ※ 人名を書き間違っていたのを、少し訂正しました。
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
 

細雪(31) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その31を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回は、四女の妙子(こいさん)と彼女のパートナーである奥畑(啓ちゃん)のことについて、姉の幸子が話し合う、という内容でした。妙子は、子ども向け人形づくりというのを辞めて、もっと本格的な創作である服飾をやりたいのでフランスでこの技術を学びにゆきたい、と考えているんです。谷崎の源氏物語の現代語訳でも思ったんですが、どうも与謝野晶子の人生に似たことが書いてあるようにも思いました。
 こんかい作中で、妙子の意思として「何かもっと社会的に有意義なことをやりたい」と書いています。妙子がのちのちどう生きるのか、これを想像する姉の思いが、事細かに記されているのでした。妙子はおおむねこう考えているのでした。「啓ちゃんのような下らない人を恋するようになったのも何かの因縁と思うばかりで、後悔はしていない、ただ啓ちゃんと結婚するについて、心配なのは生活の問題」と、芸術創作と資産のことをいくつか考えてゆくのでした。妙子は奥畑の資金をいっさい頼らずに、経済的にも自立して生きるという意思があるんです。早晩辞めるつもりでいる人形創作の仕事も、その技量を認められて注文が増えつづけていて、辞めるはずの仕事をいま妙子は、熱心にやっている。それから妙子が学んでいる「山村舞」と、これを教える師匠のことが記されていました。
 また隣家のドイツ人シュトルツ家のこともふたたび記されていました。
 

0000 - 細雪(31) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
 

細雪(30) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その30を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 「細雪」の上巻では、雪子の縁談と四姉妹がどのように暮らしていたのか、というのを追ってゆく物語でした。雪子の縁談が行き詰まって、幸子が病気で流産になってしまった、という展開がありました。ドイツ人の一家との交流であったり、長女の鶴子が実家を引き払うという大きな引越が記されていました。細雪は、まだ空襲のなかった京都や大阪の美しい家並みや情景が描かれていて、当時の人情と家々の栄枯盛衰が描かれています。
 姉の幸子のところに、英国紳士のような服をきた奥畑という三十代の男がやってきます。昔は純真な少年だった奥畑はしかし、どうもほかに女が居るらしく、幸子は奥畑を疑問視しているところなのでした。こいさん(妙子)と奥畑は「真面目な恋愛」をしているはずなんですが、浮気をしているとなるとハナシはまったく違う。雪子にもこいさん(妙子)にも、この男を縁づかせるわけにもゆかない。ただ、証拠は無くてただの噂だけなので、姉の幸子としては「お茶屋遊びだけは止めなさい」というように忠告しようとしているところなんです。
 喫茶店の女給とも仲が良いらしく、奥畑はなんだか男女関係があやしいんです。奥畑は、こいさんのことで相談をしに来たのでした。
 こいさん(妙子)が今まで順調だった仕事の人形作りを放りだして、洋裁を学ぶほうが好きになってしまって、フランスにも留学して、それで仕事をもっとちゃんと拡充してゆきたいというのでした。奥畑としては、幸子が趣味と芸術の創作として人形作りをするのはもっとやってほしいけど、仕事まるだしの洋裁は止めてほしい、ということを、姉の幸子にお願いしに来たのでした。
 この「細雪」は戦後すぐに、アメリカやフランスでも出版されて高い評価を得て、日本文化と日本文学の代表的な存在となった小説で、空襲と飢餓が史上もっとも厳しかった時代に書かれたとは思えない静謐な物語になっているのが特徴に思います。フランスに留学して、西洋の人形作りや服飾を学んでゆきたい……とこれが1960年に書かれたのなら普通のことかもしれないんですが、これが書かれたのが1945年ごろで、その頃のフランスとドイツは戦争で大きな被害が出ている状態なので、平然とこう書くことのすごさ、というのを感じました。
  

0000 - 細雪(30) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。『中巻三十五』は通し番号で『六十四』と表記しています。
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 
追記  細雪上巻のはじまりのあたりは戦中の日本で発表できたんですが、上巻の終盤は旧帝国の検閲によって、出版差し止めとなって、中巻は戦争が終わる寸前には完成していたのに出版できず、敗戦後の二年たってやっと中巻を出せた、という出版の経緯があるのでした。