細雪(25) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その25を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
「陣場さんは兎に角見合いをさせることを急いで」います。雪子の見合いについては、前回の破談もあるので、当人も幸子も慎重になっていたところなんです。そこで、東京に暮らす鶴子と雪子のほうから手紙がとどきます。本文こうです。 
quomark03 - 細雪(25) 谷崎潤一郎
  昨日雪子ちゃんにも一寸話してみましたが、現金なもので、関西へ行けるとなったら見合いのことも直ぐ承知しました
「見合いが済んだら四五日で帰ると云うことにしておきます」quomark end - 細雪(25) 谷崎潤一郎
 
 お見合いが実家への里帰りの旅になっているようです。あと……病気がちというか伏せがちである雪子は、じつは身体は強くて健康であるので、いきなりの東京の真冬も耐えられているようなんですが、慣れない東京暮らしで肺炎になった家族も出たというのでした。「四つになる女の児梅子の方は肺炎になりそう」と記していました。
 家族の病でお見合いもちょっと延期になった。今回の相手である野村氏は、りっぱな仕事人で、実家はもともと旅館を営んでいたようで、氏のもともとの家族にも異常なところは無かったようです。お見合いの前にいろいろ調べているのが、自分にとっては、なんとも不思議でした。
quomark03 - 細雪(25) 谷崎潤一郎
  一つ奇癖のあることが知れた、と云うのは、兵庫県庁に勤務する同僚の話に依ると、野村氏は時々、極めて突然、全く無意味と云ってもよい取り止めのない独語ひとりごとらす癖があるquomark end - 細雪(25) 谷崎潤一郎
 
 こんなことまで調べているんです。それから、新郎の候補というよりもおじいさんに見えてしまう「雪子の気に入らないことはほぼ確実と云ってよく、第一回の見合いに於いて落第する運命にあるのは先ず明かであった。そう云う訳で今度はあまり張合いのない縁談」と記しているんですが、もはや縁談というよりも、ちょっと奇妙な里帰りの旅みたいになっているんです。今回の終わりの2ページあたりがユーモラスで、読んでいて和みました。
 

0000 - 細雪(25) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)

細雪(23) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その23を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ずいぶん準備をしてきて、関西から東京に引っ越した、姉の鶴子と三女雪子なんですけど、この日のことを記した手紙がとどいたんです。
 しっかり計画したはずなのに、どうも家を借りることが急に取り消しになってしまって、種田さんの家にお邪魔になりつつ、大急ぎで別の家を借りることになった。このあたりの展開はどうにも1945年前後の大戦のあらゆる不都合が押しよせている時代性が、物語に反映されているのだと思いながら読みました。「知らぬ土地へ来て、名古屋側の親戚の、而も目上の人の家に厄介になっているのでは、どんなにか窮屈なことであろう。そこへ持って来て病人が出来、医者を呼んだりするのでは尚更である。」三女の雪子の部屋がまだ無い状態だったりします。雪子からの手紙はまだとどかない。雪子を愉しませようと、幸子や悦子は、歌と絵を添えた手紙を書き送るのでした。次回に続きます。

0000 - 細雪(23) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)

細雪(22) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その22を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 関西から関東に引っ越す、姉の鶴子が、ついに準備を終えて、挨拶回りもすませて、幸子の家に数日ほど泊まりに来た。幸子と鶴子は結婚してからは、あまり語らいあう時間が無かったので、今回のことは幸子にとって嬉しかった。ところが姉の鶴子はたんに、のんびり寝ころがって休んでいるだけで、三日も経ってしまった。家族水入らずだと、かえってなにも起きないもので、なにも語らなかったりする。谷崎潤一郎はほんとに、人間っぽい人間を書くのが上手いなあと、思いながら読みました。鶴子はそのまま東京に行ってしまった。それから本文こうです。
quomark03 - 細雪(22) 谷崎潤一郎
  亡くなった父の妹に当る人で「富永の叔母ちゃん」と呼ばれている老女が、ある日ひょっこり訪ねて来た。quomark end - 細雪(22) 谷崎潤一郎
 
 これは、姉の鶴子も計画していたことですが、雪子と妙子はこれからどう生きるのかを、話しに来たというのでした。本家である鶴子の家の引越を機に、雪子と妙子の二人も東京で暮らしたらどうか、仕事のほうも東京のほうが有利なはずだということなのでした。
 えっ? だとすると小説は幸子と雪子のどっちの家を追うんだろうか、と思いました。
 年齢や仕事から考えてみると、上京するのはいかにもありえそうな話なんですが、恋人や仕事場や生活圏をそんなに簡単に変えられるわけでもないだろうし、どうなるんだろうと思いました。
 雪子は自由なのか、そうではないのか、読んでいてちょっと判別できないんです。
 姉である幸子の考えは納得がゆくもので、妹の雪子を召し使いみたいに使ってしまっていて時間を奪っているのではないかという危惧をしていて、雪子は幸子の家から出ていったほうが幸福になるのではというように考えているわけです。これは幸子が良く考えたことに思えます。雪子は東京の本家にお世話になって、新しい家族を探しはじめるということになるのでした。これで十数人の鶴子の一家は東京へ旅立ちます。本文こうです。
quomark03 - 細雪(22) 谷崎潤一郎
  百人近くも集った見送り人の中には先代の恩顧を受けた芸人、新町や北の新地の女将や老妓ろうぎも交っていたりして、さすがに昔日の威勢はなくとも、ふるい家柄を誇る一家が故郷の土地を引き払うだけのものはあった。quomark end - 細雪(22) 谷崎潤一郎
 
 こんな百年前の日本を描いた、映画のシーンがあったら忘れがたいだろうなあと思いました。戦争で人を殺したくないということで、若者がふるさとを離れて、言葉の通じない国を訪れるようなことが現代に起きているわけですが、この小説が書かれた前後には日本でもおおくの苦が生じていて、そこで谷崎がこういう静謐な描写の文学を記し続けているというのは、凄いと思いました。四番目の妹である妙子は、ギリギリのところで、一家の引越の挨拶にすべりこんで、ちょっとだけ会釈をして帰るんですが、そこに八年前に親交のあった関原という男が現れます。この二人の軽妙な対話がすてきでした……。
  

0000 - 細雪(22) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)

細雪(21) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その21を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 この物語は、父が不在なんですけれども、家族の交流を描いた作品で、今回は、とくにこれが顕著でした。親戚づきあいや、義兄の栄転と引越ということが記されます。関西から関東に引っ越すというのは現実としてはそうとう大きな出来事だとおもうんですが、そういえば漱石も引越が多く、ラフカディオハーンは世界中を引っ越しして生きて、太宰も東北から東京に引っ越し、谷崎も関東から関西に、小説の話し言葉も標準語から関西弁に変化していった作家なのでした。近代は今よりも引越がむつかしいかと思うんですが、居場所を変えることが作家のひとつの大きな方針なのかも、と思いました。谷崎がこれを書いている前後に、空襲と疎開ということがあるんですが、それも作品に影響を与えているのかもしれません。幸せな引越は……当人にとっては世界がガラッと変わるのに、他人にとってはほとんどなにも変わらない、不思議な違いがあるようで、作中ではその悩みが記されていました。本文こうです。
quomark03 - 細雪(21) 谷崎潤一郎
 住みれた大阪の土地に別れを告げると云うことが、たわいもなく悲しくて、涙さえ出て来る始末なので、子供達にまで可笑おかしがられているのだと云う。そう聞かされると、幸子も矢張可笑しくなって来るのであるが、一面には姉のその心持が理解出来ないでもなかった。quomark end - 細雪(21) 谷崎潤一郎
 
 四姉妹のなかの長女鶴子のことが記されるのはほぼ初めてで、しかも三姉妹とはちがう東京に行くということで、長女が住んでいた家がもうすぐ空き家になるようなのでした。そこは父が暮らした家で、二女の幸子もよく知っている家なのでした。「その家には特別な追憶を持っている」幸子は「電話で突然その話を聞いた時に、何かしらはっと胸をかれる思いがしたのは、もうあの家へも行けなくなるのかと云うことに考え及んだからであった」……「幸子としても生れ故郷の根拠を失ってしまうのであるから、一種云い難いさみしい心持がする」ということなのでした。
 けっきょく家はさしあたり「音やん」の家族に留守番かたがた安い家賃で住んで貰うことにした、と本文に記されていました。音やんは、父の知り合いです。
 引越の整理をしている姉を訪ねた幸子なんですが、そこで父の骨董趣味のことを思いだします。姉は一度に二つのことが出来ないたちのようで、引越の整理に夢中で、せっかくたずねてきた幸子とまるで話しもせずに、黙々と荷物の整理をしていたのでした。四姉妹の物語なのに、いちばん上の鶴子がほとんど出てこないと思っていたら、なるほど、こういう状況だったのかと思いました。今回は四姉妹のなんだかすてきな人間関係が記されていて、みごとな章でした。「細雪」を抄録するんだったら、じつはこの二十一章が独立して載せやすいのかも、と思いました。
 

0000 - 細雪(21) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)

細雪(20) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その20を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 庭に青い芝生を植えて、これを食いに来てしまう雀を追いはらうということを、家長の貞之助はやっているのでした。久しぶりに男が出てきたと思ったら、雀に小石を投げているというのがなんとも妙な描写に思いました。
 今回は、櫛田という医者がやってきます。幸子はどうも、ビフテキにすこしあたったらしく、ちょっと寝込んでしまう。医者はたいした病ではないといって、しじみ汁でも飲んで寝たら治るといいます。幼子の悦子は「罌粟の花」が「気味悪いわ」というように言います。
「悦子それ見てたら、その花の中へ吸い込まれそうな気イするねん」というのがすごい一文に思いました。
 これまで、四姉妹の病の描写はそれほど明記されてこなかったんですが、二十章になって、妙にこれが記されているように思いました。そういえばいちばんはじめの章で、病気でも無いのにビタミン注射をする姉妹の姿が印象的だったんです。これとなんだか似ている、ビフテキを食べて栄養をつけすぎて黄疸になる幸子の描写がありました。今回、作中で「相良さんのは贅沢病なのよ」という奇妙なことを述べているのですが、この指摘が、谷崎文学の全篇で見受けられる、過剰さから生じてくる奇妙な事態と共通項があるように思いました。
 これが現代の、過剰な対策や、過剰なワクチン接種というような問題とも共鳴していて、いま読んでも新鮮な文学作品として読めるように思いました。飢餓の時代がこのさき5年で終わりつつあって、機械や人口や政治が過剰になってゆく、数千年以上いちども起きたことがなかった時代の大転換期に、谷崎がこの文学を書いたのでは、と思いました。
   

0000 - 細雪(20) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)

細雪(19) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その19を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回は、鯛の料理や、桜という日本独特の美しいものごとを記しています。三姉妹はいつも桜と言えば、京都で桜をみるんです。今回の章は「細雪」の物語としての特徴がさまざまに現れていますので、全文を読むつもりが無い人は、この章だけを読んでみると、この大長編作品がいったいどういうものなのか、かなり見えるはずなので、一読をお勧めしたいと思います。たぶん国語の教科書で細雪を掲載するとしたら、この19章だけを載せるのでは、と思いました。
 作中で京都祇園は円山公園のしだれ桜がもう古びてしまっているということが指摘されているんですが、ちょっと調べてみると、この有名なしだれ桜が二代目に植え替えられたのはこの約10年後の昭和24年(1949年)で、初代しだれ桜の種子から育ったのが今も生きて花を咲かせているようです。本文にこう書いています。
quomark03 - 細雪(19) 谷崎潤一郎
  古人の多くが花の開くのを待ちこがれ、花の散るのを愛惜して、繰り返し繰り返し一つことを詠んでいる数々の歌、———少女の時分にはそれらの歌を、何と云う月並なと思いながら無感動に読み過して来た彼女であるが、年を取るにつれて、昔の人の花を待ち、花を惜しむ心が、決してただの言葉の上の「風流がり」ではないことが、わが身に沁しみて分るようになった。quomark end - 細雪(19) 谷崎潤一郎
 
 戦争をしていない1952年から2022年までずっと、人口1万人あたりの死者が100人を超えることは1回も無かったんですけど、戦前と戦中はずっと、世界大戦と農業機械の未発達が原因だと思うんですが、2倍3倍の死者が続いていて1945年がもっともひどいんです。人口の調査結果を見るだけでも、1947年と1952年あたりに、平和による生活の安定がいちじるしいわけで、そこにまだぎりぎり至れない時代に、この細雪が描かれたんだなあと思いました。
 今回は、幸子と貞之助夫婦の日常や、春の観光について記されていました。
ちょっと地図でこの三姉妹の観光先を調べてみました。谷崎は南禅寺と中之島の茶屋が好きなんだろうなと思いました。あと現代では圧倒的に南禅寺の桜が美しいのですが、じつは戦中では平安神宮の桜が美しかったらしいです。いま平安神宮というと銀杏並木であって、桜はあまり見受けられないんですが。
 漱石の「草枕」終章や、森鴎外の「高瀬舟」の罪人のはなしでも思ったんですけど、非人情な世界が広がっている状況ではかえって、「愛着の情」を見出すことがあるんだなと思いました。
 京都の旅を終えたあと、幸子は夫のノートを見つけます。夫婦で、なんとなく旅の歌を詠んでいるのでした。こんな歌でした。
quomark03 - 細雪(19) 谷崎潤一郎
 いとせめて花見ごろもに花びらを
秘めておかまし春のなごりにquomark end - 細雪(19) 谷崎潤一郎
  

0000 - 細雪(19) 谷崎潤一郎

装画をクリックするか、ここから全文を読む。 (使い方はこちら) (無料オーディオブックの解説)
(総ページ数/約20頁 ロード時間/約3秒)
 
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)