細雪(18) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その18を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 次のフィアンセ候補である野村巳之吉の経歴がまとめられた厚紙が、妹・雪子の縁談をとりもっている姉・幸子のところに届けられました。こんどは結婚できそうな相手なんですが、ただ雪子が幸福になれそうな気配が感じられないんです。写真を見ても年寄りすぎて新郎という感じがせず、年齢差がありすぎるんです。
 この野村氏は家族が亡くなられていて新しい結婚相手を探しているんです。
 これはもうなんというか、戦時中の厳しい情勢の結果、雪子にも良い相手が見つかりにくくなっている、というのが明らかなんです。もし戦争や不景気が無かったとしたら、雪子はとっくの昔に幸福な結婚をしているはずの、豊かな環境に居るんです。
 作中ではまだぎりぎり戦争被害は近くに生じていませんが、作者は戦争被害をみている状態です。本文では父の不在は戦争の影響ではまったく無いことになっているんですが、戦争で家長が不在になったという当時の時世が明らかに反映されているように思いました。
 雪子は真面目ですから、すごい年齢差があるおじいちゃん顔のおっさんであっても、写真を見ただけでは断らないんです。縁談相手がいたほうが良いと思っています。ただなんども破談になるのだけは避けたいというように考えています。雪子はこう述べています。
「縁談の話やったら、云うてほしいねんわ。あたしかて、そんな話がまるきりないのんより、何か彼かか云うてもろてる方が、張合があるような気イするよってに。」
 幸子の娘である悦子は、近所のドイツ人ローゼマリーといっしょに人形でおままごと遊びをしているのでした。次回に続きます。
  

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「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。

■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)

細雪(17) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その17を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回ちょっと、不思議な描写があって、イギリスに幼い娘がいる、という美しい婦人カタリナの話があって、それがどうも、夕食に招かれたのに、そこに他の家族が一人もいない。料理が出て来るのかと思ったら出てこない、家が美しく家族も多いのに、みょうに部屋の中が狭い、となんだか不思議なんです。ずいぶんまっていると、こんどはあまたの料理が出てくる。「ハム、チーズ、クラッカー、肉パイ、幾種類ものパン、等々がまるで魔術のように一時に出現して置き切れぬ程に並べられた」
 ここから移住者となりディアスポラとして生きるロシア人が、中国や日本の政治について論じはじめるんです。小説の内部で、政治が語られてゆきます。とくに20世紀前半の英国の教育についてが論じられていて、これはこの時代には存在しないことになっていた本だなあと、思いました。
 十五年戦争中に日本で生きるロシア人というのは、発禁だらけの戦争中に、新しい日本人の姿を記す日本人作家と通底しているところがあるのでは、と思いました。言葉の行き先が不明になっている、という問題と、作中の不思議な人間描写には、響きあっているところがあるように思えました。
 この小説は、大日本帝国から発禁処分を受けて発表できなくなったんですけど、谷崎はまったく怖れることなく、そのまま書き継いでいって、戦後にもこの小説を描き続けて完成し、のちの米国やフランスで高い評価を受けているんです。時代を超える文学で、いま読んですごいと思うんだから、当時の人が読んだら破格の作品だったんだろうなあと、思いました。今回は、トルストイの書いた『アンナ・カレニナ』の登場人物と同じ名前だ、と作中に明記されているウロンスキー(ヴロンスキー)というロシア人の挿話が興味深かったです。
  

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細雪(16) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その16を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今回は、四女の妙子のはなしで、人形創作の個展を行って、ちゃんと商売になってきた、というところが描写されます。それから1941年のレストランと、日本在住の外国人のことが語られます。
 政府・軍人が対立していても……商売人は対立していないんだなあというのが分かる、戦中の平和な描写がありました。
 妙子とちょっと関係があるカタリナという女性が登場して、ロシア人とイギリス人のハーフの幼い女の子も登場し、スケート遊びや、家庭料理やトランプやハイキングのことが語られます。
  

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細雪(15) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その15を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 この作品は大長編作品なんですが、上中下の三巻に別れていて、いまげんざい第一巻の真ん中あたりなんです。
 主人公の雪子の縁談、というのをずっとやっているんです。古き伝統の縁談……なのかと思っていたんですけど、ちょっと調べてみると、日本では縁談というのが生じはじめたのはじつは、鎌倉武将とか戦国時代とかの、武家だけでやっていた政略結婚から始まった、限定された事態なんだそうです。たいていの時代の貴族や大衆は、ほぼ本人同士の恋愛結婚(または本人同士の決定)だったそうです。源氏物語の、婚姻におけるあまたの騒動、というのは、これを3回も繰り返し現代語訳した谷崎潤一郎は、深く意識していたと思うんです。
 こんかい、上巻の中心地点にいるんですが、縁談がついえておしゃかになったことが語られます。この物語が書かれて読まれたころの1944年は、どの主人公というかどの人びとも、自分の生きかたを選べないという時代だったはずで、この1944年の世界観というのを、源氏物語の世界観と一体化させてみると、「細雪」の雪子の人生観になるのでは、とか空想をしました。
 「細雪」の雪子は、豊かな生の中に居るはずなのに、自分で決める機会がどうも生じないんです。発禁を連発する帝国の軍部と、文学者谷崎と、日本の伝統の3つがせめぎ合って、この「細雪」が成立しています。帝国の徒はこの作品を時局に合わないということでふつうに発禁にしているわけですが、黙って谷崎はこの長編を書いています。ところが、戦後の感覚でこれを読みすすめていると、これはもう敗戦寸前の1944年の暗い世相の影響が色濃いとしか思えないんです。そこで描かれるのが、武家のはじめた縁談の1944年版というようなものなのでは、と思いました。
 雪子は幸福に生きるように父に望まれていたけれども、父はもう世話をすることができないので、代わりに雪子の姉が、雪子の未来を用意しようといろいろ工夫をしているところです。書かれて読まれたのは1944年ですが物語の内部では1941年に幕を閉じます。この数年後の戦争の終わりに向かって生きている人の日常生活が描かれています。いま読むと、ウクライナで平和に生きようとしている家族の日々が、連想されるのでした。
 雪子のお見合い相手として上手くゆくはずだった男とは破談になった。これを取りもってくれた井谷という女性は、破談になりそうな理由をいちおうは知っていた。
 蒔岡家の長をやらされている貞之助は、縁談をいろいろ準備してくれている井谷に謝る。なんでもかんでも断るわけではない、やむを得ない事情があるので、今回だけは無かったことになるんですというように、説明します。
 宇宙飛行士になりたいとかワールドカップに出たいとか、そういうのが挫折することはすごく良くあることだと思うんです。第一志望の学校や就職先に行けない、というのは現代人なら99%経験していることと思うんですけど、この時代の、破談というのはほとんどの男が体験してきてない、平和な絶望感というのがあるのでは、と思いました。
 思っていたような幸福に辿りつかない。雪子に直接の原因は無いんです。周囲では、きっと次こそ、幸福になる相手を見つけてきますので、と前向きに検討している。雪子は資産も人間関係も、とても豊かなところに居るのに、どう見積もっても青い顔をせざるを得ない事態に直面するんです……。富者には富者の不幸が、あるんだなあと、想定外の世界をまのあたりにして、知らなかった世界をのぞき見ている気分で読みすすめています。
 亡き父が望んだ幸福を用意する責任が、貞之助や幸子にはあるんです。そうなると雪子には自由恋愛という方針が持てなくなる。自分で未来を決められない事情がある、というのはこういう奇妙な状態を作るのかと、思いました。美容院の女主人の井谷さん、ってお見合いを用意する仕事を0円でやってるんですけど、すごい熱心なんです。こういう人は二十世紀前半中盤には、今と違って、目立って存在していたようです。「必ずこのお埋め合せは致しますから」と言っていて、縁談を上手く成立させるためにいろいろやるんだろうなあ、と思いました。
初婚の雪子には、あまりにも荷が重い、5人もの子どもが居る資産家の男が、いま妻を探しているという話しもあるんですが、自分で決める場合は、こういう婚姻の可能性もあるとは思うんですが、義理の妹の雪子にそんな苦労話を持ちかけるのは、どう考えてもありえない。自分で決めずに縁者が決める、という場合は、違う判断力というのが生じるようです。当時の血縁主義は、現代よりも色濃い。父の遺志とか、母から子へ受け継がれるものとか、いろんなことが気になってくる本なのでした。
 手に職をつけていて、ちょっと自由な暮らしを楽しんでいる4番目の娘の「妙子はここのところ、来年早々第三回目の人形の個展を開くためにずっと製作に熱中していて、もう一箇月も前から毎日の大部分を夙川しゅくがわのアパートで暮していた」妙子は恋愛も仕事も順調で、趣味で、舞を習うことに夢中なんです。姉の幸子にこれをちょっと披露する。なんだか華やかな場面でした。見えざる戦争の死者と、自然な死とが重ね合わせて描かれている場面に思いました。本文こうです。
quomark03 - 細雪(15) 谷崎潤一郎
  両親達は草葉の蔭からどのようにながめておいでか……と思うと、幸子は妙にたまらなくなって涙が一杯浮かんで来たが、
「こいさん、お正月はいつ帰って来る」
と、強いてその涙を隠そうともしないで云った。
「四日には帰るわ」
「そんならお正月に舞うてもらうさかいに、よう覚えて来なさいや。あたしも三味線稽古しとくよってにな」quomark end - 細雪(15) 谷崎潤一郎
 
 この前後の描写が美しかったです。
 

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細雪(14) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その14を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 この前に行われていた縁談は、一緒に食事する場面ではとくに問題なく進行したはずなんですが、その後にあらかじめ告げられていた興信所の調査がおわって、縁談に関わっている人から、電話がかかってきた。「ええ話とは違うさかいに、喜ばんとおいてほしい」ということで、どうもこれはやはり今回も失敗の展開になるようです。今回は、いちばん雪子の面倒をみようとしている、姉の幸子の意識を中心に記されています。今回の雪子の破談の理由は、複雑な事情なので、最初のページから本文をぜんぶご覧になってください。
 家の近くで、幼子である悦子と、そのともだちのルミー(ローゼマリー)さんが遊んでいる描写がありました。
 破談になった相手のことなんですけれども、相手との年齢の釣り合いがとれていて良い感じだったり、資産家だから苦労が少なそうであったりという、いっけん良さそうな相手が、じつは別の愛人がいるとかどうも結婚に至らない理由というのがある。いちおうは事情を調べるしかないわけで、相手のことをまったく調べないで、完全に運任せの婚姻をさせるわけにもゆかない。相手は期待を脹らませるだけで失望する、ということが起きてしまう。普通に考えて、相手方の家柄が良いと安心感があるのでは、と思ってきたんですが、良い家柄を守ろうとすると、親しくなりかけた家との関係を断ち切るわけで、これで恨みが生じているというように言える……家柄が良いと、政略が必要になってしまって、かえって不自由が生じてしまうもんだと、いうのが見えてきて、なんだか富者の意外な告白を読んでいる気分でした。
 

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細雪(13) 谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その13を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 この物語の主人公である雪子の、顔のシミが体調によって色濃くなることがあるらしいのですが、今回、身体はいたって健康であることが、医院の健康診断で明らかになります。身体さえ健康なら、なにも気にする必要は無いのではと思うのはどうもちがうようで、みんな細細とした気配りをしています。雪子は今から誰と結婚するのかを決める時期なので、いろんな人が繊細な問題を気にしてしまいます。
 この小説の後半部分が書かれた1944年ごろはもう間違いなく日本史史上、最大の行き詰まりの時期だと思うんです。その時期に平和な破談や、人間関係の行き詰まりについてえんえん書くというのが、検閲と世相が最悪だったころに、谷崎潤一郎が選んだ創作なんです。
 ある破綻について世界中が注目しているときに、まったく異なる破綻のことを描いていったのでは、と思いました。平和に生きた人ならだれもがほぼ必ず行きあたる、人間関係の中絶のことが描かれるんですけど、明確な悪意とか明確な元凶があるから破綻するんだろう……と、てきとうに思っていたんですけど、そういう目に見える悪というのは特にないんですよ、今のところ。平和な行き詰まりを見てゆくほうが、じつは重大なんじゃないか、と思いました。
 今回、雪子のフィアンセ候補である瀬越は、数年前に、フランス人女性との恋愛で失敗してしまったらしいです。本文こうです。
quomark03 - 細雪(13) 谷崎潤一郎
 結局その婦人にあざむかれたらしいので、彼がホームシックにかかったのも、純日本趣味にあこがれるようになったのも、その反動であるquomark end - 細雪(13) 谷崎潤一郎
 
 おもしろい過去を持っているんですけど、とくに悪いことを考えている人ではないようです。雪子と瀬越の、この2人はいったいどうなるのか、というところで次回に続きます。
 

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■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)