苦しく美しき夏 原民喜

 今日は、原民喜の「苦しく美しき夏」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 『苦しく美しき夏』は昭和二十四年に記された「私」と「妻」の物語で、妻がとつぜん体調を崩すところが描かれます。入院をして治癒して家に帰ってくる場面があります。本文こうです。
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  妻が家に戻って来て、療養生活をつづけるようになってからも、烈しく突き離されたものと美しくきつけられたものが、いつもうずいていた。quomark end - 苦しく美しき夏 原民喜
 
 ここの前段の、赤の描写が印象的でした。「静かに少しずつ恢復へ向っているようなきざし」がみえてくる描写があります。原民喜の妻は、原爆投下の1年前である昭和19年9月に亡くなっています。この掌編小説を書いたのはその5年後のことです。原民喜の小説を読むときは、同時に「WEB広島文学資料館」のサイトを閲覧することをお薦めします。
 

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新しい歌の味ひ 石川啄木

 今日は、石川啄木の「新しい歌の味ひ」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 はじめに記される「哀果」というのは文学者の土岐善麿の筆名だそうです。
 ぼくは詩がまったく書けない人間なので、詩人の書いた随筆や小説がどうも特別なものに思えて好きで、一般的な小説の構文とちがう方法が存在するとそれが宝珠のように思えてくるんです。
 この掌編は、いっけん啄木の私生活を描いたように記されているのですが、主語が妙で、「男」だったり「彼」というように記されていてどうも啄木ではないかのように描かれます。
 主題もすこし妙で「新しい歌の味ひ」と書いておきながら、歌のことについてはとくになにも述べていないんです。内容としては「北歐羅巴の大國の新しい物語の本」を一晩でいっき読みしてその長編小説の魅力について記しています。
 題名は「新しい歌の味ひ」です。その味わいについては記されていないんです。歌についても記されていないんです。上手いこと対象物がすり抜けているといえば良いのか、観察対象の透明化が成されています。不思議な作品に思いました。

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追記
石川啄木の、wikipediaのページがとほうもなく長大で、日本人は啄木が好きなんだなあと思いました。
 

死せる魂 ゴーゴリ(9)

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「死せる魂」第9章を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 いよいよ、物語は終盤に差しかかってきたのですが、ゴーゴリのこの文学では、奇妙な事態がどのように人々のあいだで伝わっていって考えられてゆくのか、というSF的というか哲学的な展開になって来ました。チチコフは、死んだ農奴の戸籍を徹底的に集めつづけてきました。 死んだ農奴なんて買い取っていったいどうするつもりなんだ、ということが物語の中盤から終盤にかけての、中心的な議題になっています。それを人々はどのように観察して、どのように論じるのか、奇妙きわまりない伝聞についてどう考えてゆくのか、というのが終盤の話題になっています。
 なんだか分からないけど、聞いた話しが、とにかく謎めいていてよく分からない。現代で言うと、大きな問題が起きたときに、SNSでは即座に反応せずに、いったん自分と他人の考えを保留して、とにかく静観してみるということが重要だと言われています。こういう問題が、いまこの小説の終盤で起きているように思います。すごく奇妙な謎が目の前にあって、それについてすぐに判定しないで、考えを組み立てるために言葉を留保しておく……。
 本文と関係無いんですが、孔子が言うところの「道に聞きて道に説くは、徳をこれ捨つるなり」というのが思いうかびました。チチコフがやっているのはこの孔子の考えのちょうど反対で、とにかく徳を捨ててやろうという方針があるように思うんです。
 彼チチコフが喜ぶときに、アナーキーというかパンクというのか、不思議な快感がほとばしっています。ぼくはこの話しを読んでいて、貧者への重税の仕組みってまるで、死んだ農奴を数値化してデータだけ収集し続けているのと同じような事態を引きおこすんじゃないかとか、思いました。個人の事情にあわせた持続可能な税金と公共サービスの組み合わせについてはなんの不満も無いんですけれども、死人からさえ税金を取り立てているという珍事に遭遇すると、こんな大集団はイヤだ、と思えてきます。
 チチコフはロシア帝国の反転した合わせ鏡みたいな存在に見えてくるんです。たった1人で反転した帝国を形づくろうとしているような印象がありました。
 死んだ農奴からさえ税金を取り立てる、あまたの貧者たちからあまりにも重税をとりたてすぎて大飢饉が起きた、というのは近代に現実として起きていた事態なんですけれども、この小説を読んでいると、近代の国っていったいなんなんだ? という謎が立ち現れてくるように思います。
 

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ゴーゴリの「死せる魂」第一章から第十一章まで全部読む
 
ゴーゴリの「外套」を読む


追記
ここからはネタバレなので、これから全文を読み終えたいかたは本文のみを読んでもらいたいのですが、社交界で名をはせたチチコフは、なぜ死んだ農奴を買い漁ったのか、2人の婦人によればこういう予想になっているんです……。
 
「あれは、ただ人眼を誤魔化すために思いついただけのことで、ほんとうは、知事のお嬢さんをかどわかそうってのが、あの人の魂胆なんですわ。」
 たしかにそれは、まったく思いもよらぬ、またどの点から見ても珍無類な断案であった。(略)『まあ、驚いた!』
 
 チチコフが恋愛対象として狙っているらしい知事の娘……これが物語の要点になるのか? と思ったんですがどうもこれはデタラメのようです。ある婦人によれば、チチコフの大胆な詐欺活動には、共謀者がいるはずだという予測なんです。ノズドゥリョフさえチチコフの詐欺仲間だと勘ぐるのですが、これは完全にハズレなんです。ただ、チチコフは明らかになにかを成しとげるために死人の蒐集を行っているんです。それに知事の娘をだますことも含まれているのか。はたしてこれが真相の核心であるのかどうか、それとももっと深い意味がありえるのか、物語は続きます。2人の婦人は、このてきとうにこしらえた噂話を、街中に言いふらして、大混乱の騒動を引きおこしたのです。
 ゴーゴリは推理小説みたいに、謎の真相をなかなか明かさないんです。代わりに、でたらめな噂話の数々が描きだされます。本文こうです。「風説は風説を生んで、市じゅうの者が、死んだ農奴と知事の娘について、チチコフと死んだ農奴について、知事の娘とチチコフについて喋り出し、ありとあらゆるものが起ちあがった。」
 役人たちは、チチコフが買い取った『死んだ農奴(魂)』についていろいろ考えはじめてしまって「本当に犯してもいない罪まで探しはじめ」てしまいます。役人たちは自分がなにか悪いことをしてしまって、犯罪を裁かなかったり、犯人を放置して事件をうやむやにしてしまったりした事実を思いだして、その死人たちの魂をチチコフがあまたに買い取っていって罪を暴こうとしているのではというような、ありえないことまで考えてしまうんです。
「銀行紙幣の偽造犯人」が偽の身分証を手に入れて潜伏しているわけで、これもチチコフの蒐集したあまたの身分証と関連があるかもしれないとか、邪推しはじめるわけです。
 これで役人たちは、真相をちゃんと捜査しようというので、死せる農奴を売った人たちを連れて来て話しを聞いたのでした。コローボチカおばあさんや、チチコフの親友である地主マニーロフなどから、チチコフのことを聞きだした。
 けれどもやはり、なぜ死人の魂を買い取るのかは分からない。小さな詐欺を行っているのは明らかなんですが、肝心の「死せる魂」の真相は分からない。チチコフはじつは役人たちの不正を調査するため秘密裡に派遣された調査員かもしれない。役人たちの今回の結論としてはこうなりました。「チチコフ」「は何者であるか、あの男が悪人として逮捕され拘束さるべき人間なのか、それとも、あの男こそ自分たちを悪人として逮捕し拘禁する権力を持つ人間なのか、それからして先ず決定することにした。」
 そうして警察部長が、いよいよ次章であらわれるのでした。そろそろ結末が見えてきました。ゴーゴリの「死せる魂」はあと2回で完結します。

文学方法論 平林初之輔

 今日は、平林初之輔の「文学方法論」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 平林初之輔は、あまたの文学を読破してきたその経験から、文学には三つの傾向があることを指摘しています。
 「第一の条件は作者」の「個人性」が作品に色濃く刻まれるということで「第二の条件」は「文学上の流派」やそういった集団からの影響を色濃く受けると言うことで、「第三の条件」は「一般公衆の思想、観念、感情、一言で言へば、イデオロギイ」が作品に影響を与えているというんです。読者がまったくちがう種類のものなら、次の作品は変容してゆく。海外の人が読んだり、数百年後に読まれるときには、おそらく作品そのものや作品の価値も変容する、と考えることが出来ます。以下の文章がすてきでした。
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 ……第三の条件を忘れてはならぬ。それは作者をとりまいてゐる一般公衆である。一般公衆の思想、観念、感情、一言で言へば、イデオロギイは、文学の流派そのものを決定し文学作品の作者の思想傾向を決定し、それによつて作品そのものを決定する最後の条件である。たとへば、ヴイクトル・ユゴオの『レ・ミゼラブル』を例にとらう。私たちは、先づこの作品にユゴオの個人性の強い現はれを見る。次にユゴオがその指導者の最も輝ける一人であつたロマンチツク派の特色をそこに見る。そして最後に、ロマンチスムの文学がその中で生育したところの当時の一般公衆のイデオロギイ即ちブルジヨアジーの勃興期のイデオロギイをそこに見るのである。quomark end - 文学方法論 平林初之輔
 
 今回の評論を読んでいて、100%のまちがいが2箇所あって、これが気になったので調べてみました。1つめは「一切の理論は経験から出発しなければならぬ」という平林の主張についてなんですが、理論のほとんどは、経験に先立つアプリオリなものを記したのであって、平林初之輔の主張は間違っています。平林はカントの後の時代なのですけれども、この箇所で考えかたを間違っているか、書き方をまちがえたことになります。「経験から出発するだけでなく、経験に帰つて来なければならぬ」という平林の主張は、魅力的な方針であるとは思うのですが。
 次に「……生れたものは生まれながらにして」という箇所で、たとえばラフカディオハーンの子孫が居ることを考えずに書いているので、これも書き間違いです。ほかにも文学理論をいろいろ書いていってます。数学の本だと、正解か誤答かしかないんですけど、文学の理論となると、だいぶこういろんな要素が混交していて、間違ったことを書いているのに勉強になるところがある、と思いました。
 百年前は図書館も使えなければwikipediaも無かったので、思考や推論に明らかな間違いが混じっているんだなあと、思って、なんだか不思議な気分になりました。本物の現代哲学者は判らないことがあると、wikipediaもGoogleもまったく使わずに、まずは自力で問題に取り組んで、もっぱら自らの頭脳を使いこなすらしいです。ぼくはまっさきにwikipediaを検索してから腕組みして検討するんですけど。平林は終盤でこう書くんです。「誤解やまちがひが多分にあることと思ふ。併し、それは、この試みがまだ極めて幼稚な段階を進んでゐるに過ぎない事実に免じて、見のがしてもらへるだらうと期待してゐる。」
 百年前と今はずいぶんちがうんだなあと思いました。平林初之輔は、文学に影響を与えるものを、自然界や経済や政治や社会から読み解くのですが、平林がもし、0円で書いて0円で読むwikipediaを論じたら、いったいどういう論を導き出すんだろうかと思いました。
文学の理論よりも、理と論ってなんなんだろうと思わせる、不思議な随筆でした。
 

0000 - 文学方法論 平林初之輔

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愉しい夢の中にて 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「愉しい夢の中にて」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ベッドの中で見る夢の中くらいでしか、楽しいことがないという時期は、誰にでもありえると思うんです。安吾の時代は、現代社会よりも暗澹とした日々の中に居て、飢えと病と戦争に向かいあわねばならなかった。
 夭折した河田と、安吾は夢の中で楽しく話した。その記憶が小説として再現されていました。すてきで幻想的な邂逅が描きだされていました。
quomark03 - 愉しい夢の中にて 坂口安吾
  彼はひどい貧乏であつた。無一物で、ガスも電気もとめられて、食事もできない毎日の中で、恐らく人間としては最も窮乏した生活を暮した男であるが、あそこまで窮乏すると、もう人間は妙にみぢめな暗さからは脱け出してしまふ。(略)
 私は河田の芸術が好きであつた。あの男は沢山の失敗作を書いた。大部分は失敗の作であると思つてゐる。併し、あの失敗の底に光る高い精神と、輝やく眼光は大成の日の豪華さを思はせたのである……quomark end - 愉しい夢の中にて 坂口安吾
 

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ゲーテ詩集(18)

 今日は「ゲーテ詩集」その18を配信します。縦書き表示で読めますよ。
ゲーテが最後の最後に記した『ファウスト』の終章と、この長大な物語のはじまりを想起させる、恋愛についての詩でした。

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