世相 織田作之助

 今日は、織田作之助の「世相」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 戦時中は殺人事件の報道や事件を描きだす小説もほとんど禁止されていたんですが、敗戦でその部分の報道が自由になって、阿部定事件も自由に書けるようになった。阿部定って当時はそうとうの美女だったんだと思います。
 こんかい織田作之助は、おもに3つの話を描いています。若いころのデカダンでエログロな恋愛の実体験と、阿部定事件に妙にくわしい天ぷら屋の主人と、戦争から帰ってきて完全な浮浪者になって衣食住のすべてを失っている幼なじみの横堀千吉の話です。この小説は私小説とか実話小説に近いもので、現実をいろいろ描写しています。ぼくは貧困にあらがう横堀千吉の生きざまに魅了されました。かつて100円というけっこうな金額を盗んでいって、浮浪者そのものになってシラミだらけの幼なじみが家にやって来て、織田作之助はこう記します。
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  横堀の身なりを見た途端、もしかしたら浮浪者の仲間にはいって大阪駅あたりで野宿していたのではないかとピンと来て、もはや横堀は放浪小説を書きつづけて来た私の作中人物であった。quomark end - 世相 織田作之助
 
 天ぷら屋の主人は戦中ひそかに、阿部定事件を追った裁判記録を手に入れていて、作家である「私」つまり織田作之助にこの秘蔵の本を、見せてくれるんです。けれども作之助はこのころに「風俗壊乱」の罪で発禁処分を受けているので、阿部定の恋愛を井原西鶴みたいにみごとに書いてみたいけれども、検閲を通るわけがないので、どうしても書けなかった。それが戦後になって、ふたたび天ぷら屋の主人とめぐりあったので、あの阿部定事件の秘蔵本はどうなったんです? と聞いたのですが、やはり空襲でぜんぶ焼けて消えてしまっていた。ところが……。つづきは本文をごらんください。
 

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追記
 ここからはネタバレなので、未読の方は本文だけを先に読んでもらいたいのですが、幼なじみの横堀千吉が、何もかも失った貧困のきわみの中から、闇市や違法賭博で金を稼いでしたたかに儲けてゆく描写がみごとでした。あと、天ぷら屋の主人がどうしてあんなに謎めいた阿部定事件の秘蔵本を金庫に隠し持っていたのかというと、じつは天ぷら屋はクリスチャンの妻との関係性が乏しくてうらぶれていたころに、まさに阿部定本人と出逢っていて、何十日間にもわたるすごい不倫の日々を送っていたらしいんです。作家の織田作之助がこれを描きだして、なんとも無頼な作品だと思いました。中盤から後半が魅力的な小説でした……。

死せる魂 ゴーゴリ(7)

 今日は、ニコライ・ゴーゴリの「死せる魂」第7章を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 恋人たちの親愛の情を描き続けた画家シャガールが、このゴーゴリの「死せる魂」を愛読していて、戦後3年の1948年ごろに、すてきな装画の数々を残しているんです。それはネットでもいちおう見ることが出来ます。
 本作では、ゴーゴリはダンテの『神曲 地獄篇』に見立てて物語を構成していますが、ゴーゴリが描きたかったのはダンテの地獄というよりも、シャガールが愛するような、牧歌的な農民たちであったように思います。シャガールの描いた「死せる魂」こそが、ゴーゴリの物語世界のイメージに相応しいんだと思いました。
 この物語の主人公であるチチコフは信用できない仕事をする詐欺師男で、作者のゴーゴリはいったいどういうように思って、この小説を書いているのか、そのことそのものが今回の第7章の冒頭で記されてゆきます。
 ゴーゴリは、作家の苦難というのを描くんです。人間社会の内奥を冷淡に暴き出す作家は、非難と悪罵を浴びることになる、とゴーゴリは書き記します。詐欺師チチコフと偉大な作家にはどこか、共通項があります。主人公チチコフは、ついに死んだ農奴の戸籍を四〇〇人分ももらい受けたのですが、1人もどこにも居ないんです。書類上だけ存在する農奴なんです。
 ゴーゴリはこの奇妙な主人公を書くときに、こう思っています。本文こうです。
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 わたしは不思議な力に引きずられて、まだこれから先きも長いこと、この奇妙な主人公と手に手を取って進みながら、巨大な姿で移りゆく世相を、眼に見ゆる笑いと、眼に見えず世に知られぬ涙をとおして、残る隈なく観察すべき任務を負わされているのだquomark end - 死せる魂 ゴーゴリ(7)
 
 ゴーゴリは架空の世界を描きだすことを「観察する」ことだと、述べているんです。生き生きとした人物像をつくりだすのに、こういう感覚で創作しているんだろうなあ、と思いました。
 詐欺師チチコフは自分の買い取った農奴の名前を見てみるんですが、どう考えてもこれは偽の名前だろうというものも混じり込んでいる。逃亡者も買い取ったので、監獄に入っているはずの者の名前さえある。窃盗犯の名前もたぶんある。めちゃくちゃな名簿なんです。チチコフは名簿の名前だけを見ていろいろでたらめに空想を繰り広げています。
 第7章になって、ひさしぶりに地主マニーロフと再会します。詐欺師チチコフのことをちゃんと親友だと思ってくれているのは、このマニーロフだけかと思います。彼は人が良いので、チチコフの悪性がほとんど見えない。
 今回の詐欺師チチコフの、役所での届出に関しては、なかなかスリリングな描写に思いました。
 チチコフが買い取ってきた農奴たちなんですけれども、これがついに公式に登記される。てきとうに集めていたものが、広い世間の前に出ることになる。これは……こういうことは詐欺をしていない人でも、こういう緊張感はどういう職業の人でもあると思うんです。不法行為はしていなくても、誰でも不誠実なことはどこかでしているわけで、そういうのを隠しながら表だった仕事をしなきゃいけないとか、好き放題自由に仕事をしていた人が新聞記事になったとたんにその仕事の欠陥をスクープされてしまうとか、いつの時代でもあり得ることだと思うんです。チチコフは存在しない農奴たちを買い取ってきてこの名簿を所長に見てもらって登録してもらう。この場面は興味深く読みました。作者のゴーゴリこそがまさに、この小説をロシア帝国の検閲官に読んでもらって、この出版許可を取らなきゃいけない。ほんとうの緊張感というのがここにあるんだと思いながら読みました。この第七章は白眉の展開であったように思います。虚勢をはったり、対立があったり、自分の実力以上の仕事をする場合は、チチコフみたいな状況には、陥るはずだと思うんです。
 詐欺の真相である「生きているように見せかけているけれども、ほんとうは死んでいる農民たち」というのは、名作文学のそもそもの構造でもあるわけで、古典は死者の言葉であるわけで、そこの記載でもの悲しさもあるんです。冥婚にも似たなにかが、古典文学の中にあると思うんです。ダンテは死者ウェルギリウス(ヴァージル)を生きてすぐ側にいる師匠であるかのように描きだしました。ゴーゴリは「死せる魂」の生きた記憶、つまり農村のありさまを物語全体で描いていると思うんです。
 全文を読む時間が無い場合は、今回の章だけを読むのも、この物語を理解するのにずいぶんお勧めできるかと思います。
 主人公チチコフは、詐欺活動を上手く進行させることができて、なんだか喜んでいるのでした……。
 

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ゴーゴリの「死せる魂」第一章から第十一章まで全部読む
 
ゴーゴリの「外套」を読む

安吾武者修業 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「安吾武者修業 馬庭念流訪問記」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 塚原卜伝や百地三太夫が活躍する武芸もので有名な「立川文庫」のなかで、安吾が子どものころいちばん好きだった主人公は猿飛佐助だったそうです。安吾はそれで、脇役として登場する馬庭念流の剣術がおもしろかった、と言うんです。
 馬庭念流は古びた村に伝えられる剣術で、農民がこれを会得していて、なまはかな武者は、この流派に生きる農民を倒すことはできない。クワを持って働く、最強の農民がひっそり暮らす村がある、ということで安吾はこう記します。「まさに少年時代の私にとっても愛すべく、また、なつかしい夢の村であった。そして、夢の中でしか在りえない村だと思っていたのだ。」ところが……「実在の地名であるばかりでなく、馬庭念流が今も尚レンメンと伝えられ、家元樋口家も、その道場も、そして剣を使う農民たちも、昔と同じように今もそうであることを知って茫然としたのである。」
 調べてみるとwikipediaにも載っていました。おおむねユーモラスな視点で描きだされる、剣術の変貌の近現代史をじっさいに調べていった安吾の随筆なんですけれども、残心、のあたりの記載がなんだかかっこよかったです。「念流虎の巻」における「ソワカ」で終わる呪文の数々の紹介が奇妙でした。
 

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歌麿懺悔 邦枝完二

 今日は、邦枝完二の「歌麿懺悔」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これをぼくははじめて読んだんですが、江戸の戯作にそっくりな小説を、現代文で書いたもので、流暢に流れるような展開の、落語を現代小説にしたような、江戸の風流な作品でした。浅草の花街で遊び続けてきた、彫師で絵師の歌麿の話なんです。展開が西洋近代小説みたいにわかりやすくてみごとなんですけど、内容はまさに江戸の戯作なんです。歌麿の弟子の亀吉が、ある遊女にからかわれて逃げだしてきた。その話を聞いた師匠は、なにか謎めいた理由があって、その旧知の遊女「おちか」にすぐ逢いに行ってみる。するとどうしたことか、その場に、謎の男が現れて、仰天して歌麿はその場を逃げだしたんです。その謎の男というのが……つづきは本文でごらんください。

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追記
 ここからは完全にネタバレなので、本文を先に読んでもらいたいのですが、遊女と密会をはじめた瞬間に現れたのが、なぜか江戸の町奉行の刑事(というか同心)の渡辺金兵衛だったんです。主人公の歌麿は金兵衛にかつて逮捕されているんです。彫師で絵師の仕事をしていたころ、絶対に悪いことをしていない自信があったのに、虚をつくように逮捕されて罪人にされてしまった。五十日間の実刑判決で、歌麿は投獄されて、それはもう生きた心地がしない日々を送ったんです。
 三島由紀夫の金閣寺の元ネタがこの「歌麿懺悔」かも、と思うような描写もあるんですけど、とにかくこの邦枝完二の短編は流麗な展開で、読んでいてなかなか興味を引かれました。え? この謎はなんなの? というようなことが説明なしに次々たたみかけられて、それでいて筋を追いやすい分かりやすい構成でもあるので、読みやすくて魅力的な本でした。江戸の戯作ってこういうおもしろさなのかなあ、と思いました。

ゲーテ詩集(16)

 今日は「ゲーテ詩集」その16を配信します。縦書き表示で読めますよ。
 今回のは、それほど有名な詩では無いと思うんですけれども、なんだか強い印象に残る作品に思います。
  

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ペンギン鳥の歌 原民喜

 今日は、原民喜の「ペンギン鳥の歌」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 ぼくはむかし、原民喜は活動の初期に、小川未明や賢治のような童話作家だったんだと思いこんでいたんです。ところが調べてみると『焔』という不思議な詩小説集を書いていて、これが平和なころに作った本の代表作なんです。ぼくはどうも、敗戦後に原民喜はガリバー旅行記を翻訳したんだという事実がもっとも印象深くて、それで原民喜はそもそも童話作家なんだと思いこんでいました。今回の「ペンギン鳥の歌」は戦前の創作が見えてくる、児童が読むための詩でした。明るい詩です。
  

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