最初の苦悩 フランツ・カフカ

 今日は、フランツ・カフカの「最初の苦悩」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 カフカは子どものころにサーカスの曲芸を見て、いろんなことを空想したんだろうなと思う短編小説でした。
 カフカの『城』でも印象深かったのですが、とにかくただ一つの方針だけに徹することになってしまっている人間の姿、というのをカフカはなぜか描くことがあると思います。ブランコ乗りの曲芸師がもうずーっとブランコの上で訓練を積み重ねて高いところで暮らしている。ブランコから下に降りることがほとんどまったく無い。
 ひとつのことに特化して一本化された状態を継続させる、奇妙な生き方……。現代的な内容に思いました。「最初の苦悩」という言葉をどういうようにカフカが描きだすのか、終盤の1行がみごとなんです。不思議な構成の小説でした。
   

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器楽的幻覚 梶井基次郎

 今日は、梶井基次郎の「器楽的幻覚」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 フランスから来た若いピアニストが「豊富な数の楽曲を冬にかけて演奏して行ったことがあった」。
 梶井基次郎の代表作と言えば『檸檬』で、本屋の美しさと沈鬱とを描きだした作品なのですが、その梶井基次郎が音楽の演奏会を描いた作品です……。梶井基次郎が音楽のことを描くとこうなるのかという衝撃がありました。
 ただ心地のよい音色にひたった、というところで終わらず現代美術の鑑賞体験のような不可思議な感覚について記していて、ジョン・ケージの『4分33秒』を連想させる世界が描きだされます。梶井基次郎は数十年後にこういった作品が現れうる可能性について作中で思考しているように思いました。音の愉楽のみを描きだすのではなく、するどい批評の一文もあり短編とは思えない迫力がある小説でした。
 「私の耳は不意に音楽を離れて、息を凝らして聴き入っている会場の空気に触れたりした。」という文章の前後の展開がみごとで、印象に残りました。
 

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ゲーテ詩集(7)

 今日は、「ゲーテ詩集」その7を配信します。縦書き表示で読めますよ。
 古い文学は今よりも自然界との関わりと愛念が色濃かったわけで、これをどう言葉で表現しているのかを見てゆくのが、現代作品では読めない面白さなんだと思います。いまコロナが減少傾向で、もうすこし経てばまた自由に行動できる時期がやってくると思うのですが、それを期待しつつ自然界を旅する詩を読みました。
  

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戦争と一人の女 坂口安吾

 今日は、坂口安吾の「戦争と一人の女」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは戦時中を描いた小説で、安吾と言えば評論的随筆がもっとも有名だと思うんですが、今回のは純粋に物語小説になっています。帝国主義の呪いから解放されたところの戦後の記載が印象深かったです。終盤の描写がみごとでした。
 

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青い時計台 小川未明

 今日は、小川未明の「青い時計台」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 晩方になるととなり町のほうから美しい音色が聞こえてくる。それでさよこはその街を探してみようと一人で草原をゆくのでした。星の街とでもいうようなふしぎな街がたちあらわれます。
 そのすてきな音色は、ある家の中から生じているのでした。少女はその家の中を、窓辺からじっと見つめます。
 良い音色をもらす家の中では幸福な父親と娘たちの時間が流れている。少女は自宅に帰ってからも、その音色に導かれるようにして、ときおりその家のようすをのぞき込むのでした。やがて父が老衰し、娘たちは成長して新しい人びとを招きいれる、それから……終盤もみごとな、小学生のための童話でした。大人も読める童話だと、思いました。
    

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惑い(6) 伊藤野枝

 今日は、伊藤野枝の「惑い」その6を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 どうも、ダダイストの辻潤というのが逸子の夫にそうとう似ている、らしいのです。ぼくはあまりちゃんと調べられていないので、どのていど辻潤との共生が物語に反映されているのかまだよく分かっていないのですが、時期的にはちょうど辻潤と別れて月日も経って、このことを物語に描きやすい状況になったころに描かれた小説です。
  wikipediaに記された伊藤野枝の年表がすごかったです。おおよその寿命が四十歳だとか言われていた百年前ですから、当時の二十歳というのは人生の折り返し地点だったのかもしれないのですが、二十歳でこんなに活躍して大騒動があるものなのかと驚きました。wikiにはこう記されています。

1915年(20歳)1月 らいてうの仕事を引き継ぎ『青鞜』編集兼発行人となる
5月 辻潤が野枝の従妹と関係を持ったことを知りショックを受ける
7月20日 婚姻届を出し、辻潤の戸籍上の妻となる
11月4日 次男・流二を出産

 年表に比べると、この小説の展開は地味なんです。家庭のなかで生きる逸子の、貧しさと行き詰まりが描かれています。表現が具体的に制限されていたというのもあると思いますし、なによりも伊藤野枝は評論こそが活動の本懐であって、この小説はただ素朴に描いていたのではと、思います。
 伊藤野枝はバイタリティーがすごいのか、赤子の子育てをそつなくやりおおしていたからこれを簡素に描くのか、あるいは大事な者はあまり外部へ向けて記さないように気をつけていたのか、どうなのだろうかと思っていたのですが、今回の逸子は家族からの要求に応え続け、心的な労苦が蓄積していて、家族は金の無心ばかりしてくる状況で、悦子はついに『あゝ、つまらない!』という怒りを言葉にするのでした。
 伴侶に対して「自分では決して嫌な思いをしないで済す事ばかり考えている」という逸子と野枝の批判が、突き刺さるように思いました。
 

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第一回から第九回までの全文をはじめから最後まですべて読む(※大容量で重いです)