細雪(87)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その87を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 あと十数回でこの長編小説は完結しますので、こんご細雪の全巻を通読する予定の方は、本文の第一章から読むことをお薦めします。
 鶴子と幸子が、妹の妙子こいさんを案じ、良かれと思って、「妙子と啓坊」という不穏な関係から遠ざけるためにやったことが、逆に妙子と啓坊を追いつめてしまってかえってこの2人が寄り添って生きるしかなくなってしまったようです。その実態が、「婆や」たちによって語られるのでした。
 妙子は、元婚約者の米やんを経済的にもしっかり支えるために、裁縫と人形作りを学んでこれを仕事にしたのですが、鶴子が古い考え方でこれを辞めさせるように動き、さらに1930年代後半の時世が、女性の独立心を阻むところもあって、妙子はフラフラしているだけの日々になって、恋人も病で失ってしまい、親の金だけ持っている啓坊と深く関わるようになってしまいました。さらに啓坊はもっと妙子を遊ばせるための金が欲しくて実家の大切なものを盗み出して勘当されてしまい、外部に外部に追いやられてブラブラしている状態の2人が、共に暮らすようになってしまっていたのでした。
 放蕩をさんざんやってしまったのも、妙子の元婚約者にさんざん嫌がらせをしたのも、実家の親のものを盗んだのも、すべて妙子こいさんにたいして「今も昔に変らない純真な感情を持っている」からこそやってしまったことなんだと啓坊の「婆や」は力説したのでした。次回に続きます。
 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 

能とは何か 夢野久作

 今日は、夢野久作の「能とは何か」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは夢野久作とその若い友人が作った能の芸術論です。
 スイス近辺のエスペランティスト(エスペラント語使用者)の外国人青年が夢野久作のところへやって来て、能について議論をし、その対談をもとに原稿にしたものなんです。読んでみると大半が、夢野久作の考察に思えますが、聞き手というのか問いを立てているのは、エスペランティストの青年であるように思います。
 夢野久作は、能の魅力について「何だか解からないが幻妙不可思議な」作品で「面白くないところが何ともいえず面白く」感じられてくるのであると書いています。夢野久作によれば、日本人の9割以上が能を嫌っている、と前半に記しています。その理由は「シン気臭い」し「退屈で見ていられない」もので「能というものは要するに封建時代の芸術の名残りである」し「進歩も発達もない空虚なもの」ということなんです。ところが、外国の研究者や、能に関わった日本人は、能の芸術の魅力を大いに見いだしているのでした。
 本文こうです。
quomark03 - 能とは何か 夢野久作
  能ぎらいの人々の中の百人に一人か、千人に一人かが、どうかした因縁で、少しばかりの舞か、謡か、囃子かを習ったとする。そうすると不思議な現象が起る。
 その人は今まで攻撃していた「能楽」の面白くないところが何ともいえず面白くなる。よくてたまらず、有り難くてたまらないようになる。あの単調な謡の節の一つ一つに云い知れぬ芸術的の魅力を含んでいる事がわかる。あのノロノロした張り合いのないように見えた舞の手ぶりが、非常な変化のスピードを持ち、深長な表現作用をあらわすものであると同時に、心の奥底にある表現慾をたまらなくそそる作用を持っている事が理解されて来る。どうしてこのよさが解らないだろうと思いながら誰にでも謡って聞かせたくなる。quomark end - 能とは何か 夢野久作
 
 また熊の一種で「四ツの手足が無い」「能」という獣が居る、手足が無いのに「物の真似がトテモ上手で世界中のありとあらゆるものの真似をする」その能というけだものと、舞台芸術の能は、通底している……という架空の獣の話しが印象にのこりました。
 中盤からは、真面目に能の芸術性を論じて、後生への伝承のしかたについて書いています。
quomark03 - 能とは何か 夢野久作
 能とは要するに、人間の表現慾の極致、芸術的良心の精髄を、色にも型にも残らぬ型というものによって伝えて行くものである。……quomark end - 能とは何か 夢野久作
 

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追記  おわりに、蝶の美と、能の美の共通項について論じているのが印象にのこりました。これが夢野久作の芸術論であり美学論なのだろうと思いました。
「蝶のあの美しい姿は開闢かいびゃく以来、あらゆる進化の道程を経て、あの姿にまで洗練されて来たものである。」「蝶の舞いぶり、鳥の唄いぶりが、人間のそれと比べて甚しく無意味であるだけそれだけ、春の日の心と調和し、且つその心を高潮させて行くものである事は皆人の直感するところであろう。」「人間の世界は有意味の世界である。大自然の無意味に対して、人間はする事なす事有意味でなければ承知しない。芸術でも、宗教でも、道徳でも、スポーツでも」「能はこの有意味ずくめの世界から人間を誘い出して、無意味の舞と、謡と、囃子との世界の陶酔へ導くべく一切が出来上っている。」

可愛い女 アントン・チェーホフ

 今日は、アントン・チェーホフの「可愛いひと」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはチェーホフの奇妙な名作で「オーレンカ」という少女が成長して、良人と暮らしはじめ、なにごとにも夢中になって、近しい人とどこまでも添い遂げようとする、けなげで可愛い姿が描きだされる、近代ロシアのみごとな物語なんです。
 

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追記  ここからはネタバレとなりますので、近日中に読了する予定の方は、先に本文を読むことをお勧めします。不幸つづきで二転三転あっても、オーレンカはずっと「可愛い女」のまま、新たな良人に熱い思いを抱きつづけるという不思議な生きかたを続けるさまが描きだされる物語でした。オーレンカは好きになった人に、すぐに影響を受けてしまうのでした。本文にはこう記されています。
「オーレンカはすっかり彼に恋してしまったのみか、それがまた一通りや二通りの慕いようではなく、その晩はまんじりともせずにまるで熱病にでもやられたように心を燃やし身を焦がし、朝になるのを待ちかねて……」
 中盤の、不幸なできごとからすっかり立ち直ってしまう展開があまりにもみごとで、惹きつけられました。
 おばあさんになっても、他人の子である「サーシャ」を自分の住まいから学校へと送りだすことに、熱中して夢中になっているという、かわいい性格が度を過ぎているオーレンカが描きだされる、チェーホフの魅力あふれる小説になっていました。

 

細雪(85)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その85を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 あと十数回でこの長編小説は完結しますので、こんご細雪の全巻を通読する予定の方は、本文の第一章から読むことをお薦めします。
 世間体は気にしない、というのが作者の谷崎潤一郎と、自由奔放だったはずの妙子(こいさん)の考えだったはずなんですが、「細雪」の幸子によれば、物言えぬようになった病床の妙子は、今はほんとうに世間体を気にしているのだから理解して配慮してくれ、ということなのでした。この世間体の究極の形が、病床の悪夢の中に元婚約者の、亡き「米やん」が現れてしまうということが、前章で描かれたのでした。
 細雪の全篇を完読する予定はないけれども、谷崎文学には興味があるというかたなら、本章はお薦めの、読み応えのある章だと思います。
 細雪上巻の第一章と、この章さえ読めば、細雪の全篇はあるていど見えてくるのでは、というように思える、濃い内容の章でした。戦争が激化する前に記されて、敗戦間近にも秘密裡に書き継がれて、戦後に完結編を描こうとしているという、文豪の労苦の成果というのが垣間見えてくるように思いました。
 こいさんと、窃盗者の啓坊は、家から一時的に勘当されて、生活基盤が痩せ細った結果、戦時中の多くの人々と同じように、病にかかってしまって治るものも治らなくなってしまった、という状態が描かれるのでした。そこから幸子一家の尽力で、なんとか病院の片隅で赤痢の治療をするということになったのでした。おそらくこれは最終話までに治るはずなんですが、かなり死期の迫る描写があるのでした。細雪中巻の巻末では、妙子の愛した板倉勇作(米やん)が病院で身罷る場面描写があったのですが、これと本章の入院の描写が、不吉にも重ね合わせられるのでした。
 

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当サイトでは『細雪 中巻一』を通し番号で『細雪 三十』と記載しています。下巻の最終章は通し番号で『細雪 百一』と表記しています。
「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
谷崎潤一郎『卍』を全文読む。 『陰翳礼賛』を読む。
  
■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)
 

木の子説法 泉鏡花

 今日は、泉鏡花の「木の子説法」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 能と狂言を見にゆく「私」が目撃した「お雪」と家族と詐欺師たちの、滅びの物語が描写されます。朽ちた大地にはえてくる毒々しいキノコの世界を描きだし、そこに人間の骸を重ね合わすように描写していて、人間たちの滅びと陰気な生命感が描きだされる、重厚な文学作品でした。困窮から抜け出すことが叶わなかった母子の物語と、歴史的な災禍と、朽ちた大地に立ち現れる毒茸の描写と、貧すれば鈍する詐欺師たちの破滅とが、能と狂言と小説の構成で描きだされる多層的な物語でした。

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約5秒)
 
追記  ハッピーエンドからほど遠い終わりかたをするのですが、なぜか人情や美が表出してくるところが、泉鏡花の独特な文学性なのでは、と思いました。泉鏡花は「綾鼓」がいちばん好きな能楽だったのでは?と思いました。
 

細雪(84)谷崎潤一郎

 今日は、谷崎潤一郎の「細雪」その84を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 あと十数回でこの長編小説は完結しますので、こんご細雪の全巻を通読する予定の方は、本文の第一章から読むことをお薦めします。
 仕事も恋愛も暮らしも行き詰まってしまい、不摂生が祟って重い病にかかった妙子だったのですが、それについて病人を見舞った雪子と幸子の考えていることが記されてゆきます。とくに雪子が妙子の不潔さをかねてから警戒していたことを描きだしたところが、仮想の物語とは思えない迫力のある描写で、衝撃を受けました。
 病床の妙子がうなされて、怖ろしい心理状態におちいっていることが描かれるのですが、もともと妙子(こいさん)の婚約者だった板倉勇作(よねやん)が亡くなってもうすぐ一周忌なんですが、板倉の死が原因で妙子は心の調子も崩してしまっていて、日ごろの不摂生がさらに危険なほうへとおちいってしまったようなのでした。本文はこうです。
quomark03 - 細雪(84)谷崎潤一郎
  板倉の死んだのは去年の五月であったから、そろそろ一周忌が廻って来る時分ではなかろうか。こいさんは、あの男の死に方が尋常でなかったので、それが余程気に懸っているらしく、未だに毎月岡山の田舎まで墓参りに行くのも、一つはそのためなのであろうと察しられるが、ちょうど折も折、あの男の一周忌が近づいた時に重い病気に取りかれて、而もあの男の恋敵であった啓坊の家で寝付くようになったと云うことは、神経に病まない筈はあるまい。quomark end - 細雪(84)谷崎潤一郎
 
 この幸子の考察を読んで、この「細雪」は、幸子の視点で描かれてきたんだなあと思いました。雪子と妙子の問題を描きだしているのは幸子の心情描写や思い出を挿むかたちで描かれることが多いんです。幸子の心情は三人称の小説であるにもかかわらず、さまざまに記されるのですが、雪子や妙子の深層心理はほぼ記されずに、外部の変化だけを捉えているところがあるんです。ですから、この三人称の物語の語り手と主人公というのは、どうも幸子のように思えます。いちばん谷崎潤一郎の人格に近いのも、たぶん既婚者で子育ても順調な幸子なのではと、思うんです。
 元婚約者の板倉への不義のことをどうにも気に病んで、悪夢でうなされるので、治る病気も治らなくなっている妙子なのです。いったん板倉と敵対していた奥畑啓坊の住み家から、病人の妙子を遠ざけてみて苦を緩和して、新たな病院で妙子の病を治すしかない、ということで幸子と雪子は、妙子を別の病床へと移すことにしたのでした。こんかいは妹思いの雪子の努力というのが見えて、いつまでたってもお見合いが進展しない雪子の、性格の良いところと悪いところが良く見える章に思いました。
 雪子は、人と隔絶しているところがあるし、男の思いを汲み取らないところがあって、もう半世紀ほど未来の社会でなら自立自存した人生を歩む人なんだろうなと思いました。
 

0000 - 細雪(84)谷崎潤一郎

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「細雪」の上中下巻、全巻を読む。(原稿用紙換算1683枚)
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■登場人物
蒔岡4姉妹 鶴子(長女)・幸子(娘は悦ちゃん)・雪子(きやんちゃん)・妙子(こいさん)