妻 アントン・チェーホフ

 今日は、アントン・チェーホフの「妻」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 近代ロシアにおいてもっとも有名な作家、チェーホフの文学作品を読んでみました。今回は、難民化した十数人の農民たちを描きだすことから物語がはじまります。「農民はこぞって農舎および全財産を売却し、トムスク県に移住したりしところ、目的地に到らずして戻って参りました」そうして難民化してしまった。
 チェーホフは本作で、いろんな人をとにかくくさすんですけれども、その教養ゆたかな嫌味の数々に、そこはかとないユーモアが含まれていて、読んでいて楽しいんです。
 主人公は、寄付をして支援している難民のことについて、ほとんど知らないんだということに思い至り「現におれは奴らを知りもせず、理解もせず、一度だって見たこともなく、愛してもいないじゃないか」というような疑問も抱く。妻が「陰謀を企ら」んでいるとまで考えはじめて「おれは旅に出なけりゃならん!」と言ったりする。ところがどうも人当たりは良いんですよ。
 あらゆることに批判的になっていて、妻にも支援対象者にも、ずいぶん辛辣な文句をつぶやきながら、えんえん善行を志す主人公というのが、おもしろかったです。
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   百姓の笑顔を眺め、大きな手袋をした男の子を眺め、農舎を眺め、自分の妻のことを思い出しながら、今やっと私は、この人に打ち勝つようなそんな困窮はないことをさとるのだった。空気の中にもう勝利の気が漂っているような気がし、私は誇らしい気持になって、私も彼らの仲間だぞと叫ぼうとした。しかし……(略)……
 私は私の想念とともに一人ぼっちになった。社会事業を成し遂げた何百万の人の群から、人生の手が私を、無用で無能な悪人として弾き出したのだ。私は邪魔者だ、民衆の困窮の一分子だ、私は闘いに負け、弾き出されて、停車場へ急ぐのだ。ここを発ってペテルブルグの、ボリシャーヤ・モルスカーヤ街のホテルに身を隠すため。
…………quomark end - 妻 アントン・チェーホフ
 
 このさきの終盤の展開が、すてきでした。
 

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小岩井農場 宮沢賢治

 今日は、宮沢賢治の「小岩井農場」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 今年も近代文学を読みすすめてみて、百年前の文学世界を巡ってみたいと思います。
 賢治は農村の美しさや、風景や、鳥のありさまを克明に描きます。空を見上げる「白い笠の農夫」が現れた中盤のあたりから、幻想的な世界が記されますが、そのあとは再び写実的な農村が克明に描かれるのでした。後半から、主人公である「わたくし」と汽車を待つ男の2人は、オオジシギ(ぶどしぎ)という鳥について少し語りあいます。
 
 終盤には「銀河鉄道の夜」をも越えるような幻想的な世界「der heilige Punkt」つまり「聖なる点」の聖いこころもちをひらく地点が描きだされるのでした。「春と修羅」の「序」に描かれる「因果交流電燈の/ひとつの青い照明」と「銀河鉄道の夜」を結節するむすびめとしての詩として「小岩井農場」を読めるのでは、と思いました。
 「トツパースの雨の高みから/けらを着た女の子がふたりくる/シベリヤ風に赤いきれをかぶり/まつすぐにいそいでやつてくる」この前後の詩が美しい描写でした。
 

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★  春と修羅の全文はこちら 
 
 

自分で困った百姓 小川未明

 今日は、小川未明の「自分で困った百姓」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 童話作家が、働き者の農業者二人の暮らしぶりを描いた作品です。二人は仲よく暮らしていたのですが、なぜか乙さんの芋畑だけが不作になって、悩むことになった。それを知った甲さんが妙な行動に出るところから、不思議な展開になります。
  

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追記   ここからはネタバレかと思うんですが……ちょっとした出来心で悪いことをしてみると、友人の善意がまぶしくなってしまって、恥じいってしまうことになって、恥の意識が失敗を招いてしまうという、妙なオチの短い小説でした。

ポラーノの広場 宮沢賢治

 今日は、宮沢賢治の「ポラーノの広場」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
  この小説の主人公はレオーノ・キューストという男なのですが、ところどころ、宮沢賢治のそのまんまの性格が記されています。
quomark03 - ポラーノの広場 宮沢賢治
 俸給もほんのわずかでしたが、受持ちが標本の採集や整理で生れ付き好きなことでしたから、わたくしは毎日ずいぶん愉快にはたらきました。quomark end - ポラーノの広場 宮沢賢治
 
 というのは現実の賢治もまったくこの通りに生きていたように思います。
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  あのイーハトーヴォのすきとおった風、夏でも底に冷たさをもつ青いそら、うつくしい森で飾られたモリーオ市、郊外のぎらぎらひかる草の波。quomark end - ポラーノの広場 宮沢賢治
 
 という記載は「春と修羅」の詩で出てきそうな雰囲気です。賢治は農学校の先生で、レオーノ・キューストは市役所の不思議な役人です。はじめ、どこかに行ってしまった山羊を探し歩いていてようやくこの迷子の山羊を見つけたあとすぐ「ポラーノの広場」という謎の場所について語られはじめます。行き方が謎で、そう簡単には見つからない場所にある広場なんです。それからみんなでこのポラーノの広場を探しにゆきます。
 ここからはネタバレなので未読の方は本文から先に読んだほうが良いと思うんですが……旅の途中で現れる、番号が一つ一つ記された花というのが、謎めいていて、すてきでした。
 美しい音色が聞こえてくると、ポラーノの広場はもうすぐなんです。この広場では楽隊もいて夏まつりをやっているんです。ゲーテの『ファウスト』に描かれた乱痴気騒ぎや、ハリウッド映画に出てくる拳闘シーンみたいなものもあって、どうも明るい場面もあります。それから夏の祭りに疲れて、レオーノ・キューストとファゼーロ少年は家に帰ります。
 そのあと奇妙な事件が起きるんです。ファゼーロがどこかに消えてしまったんです。これが……これはもう完全にネタバレなんですけど、いっけん失踪に見えて、出奔というか、じつはりっぱな出立だったという事態が後半で明らかになります。子どもにまで乱闘をしかけたデストゥパーゴは事業に失敗して信用を失うのでした。デストゥパーゴが保てなかったポラーノの広場を、自分たちではじめから作り直そうとする、終盤のこの文章の前後の記載が、とても印象に残りました。
 
「そうだ(略)そこへ夜行って歌えば、またそこで風を吸えば、もう元気がついてあしたの仕事中からだいっぱい勢がよくて面白いような、そういうポラーノの広場をぼくらはみんなでこさえよう。」
 
最後のほうで(原稿約一枚分空白)となっているのですが、いちぶ失われていても、みごとな完成度であるのに驚きました。
 

0000 - ポラーノの広場 宮沢賢治

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明けましておめでとうございます。今年も近代の詩や小説を中心に再読をしてみて、また新たに未読の本を見つけてゆきたいと思います。
 
追記
いま現在、更新を数日間ほど休止しています。明かりの本ではこれまで数回ほど「文学壁紙」を配信してきました。宮沢賢治「春と修羅」のPC&タブレット用の文学壁紙をちょっと作りました。ダウンロード無料です。ご自由に個人利用してください。
 
追記2 空き時間に「海野十三敗戦日記」の装画を作り直しました。

大根とダイヤモンドの話 小川未明

 今日は、小川未明の「大根とダイヤモンドの話」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これは純粋な童話で、日本昔話にそのまんま出てきそうな作品です。働き者の農民と、うっかりしている地主の物語なんです。対象年齢はもう小学校低学年に限定されたもので、大人は読んじゃいけないようなものだと思うんですが、じっさいに読んでみると、ぼくとしてはほんとに面白かったです。これぞ童話だ、という童話の典型的な型が、序盤中盤後半に展開しました。噂に夢中になる山師の、こっけいさの表現がみごとなように思いました。
 

0000 - 大根とダイヤモンドの話 小川未明

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馬鈴薯からトマト迄 石川三四郎

 今日は、石川三四郎の「馬鈴薯からトマト迄」を配信します。縦書き表示で、全文読めますよ。
 これはフランスで農業を5年ほどやっていた作家の随筆です。本文こうです。
quomark03 - 馬鈴薯からトマト迄 石川三四郎
 実際、百姓をし始めて、自分の無智に驚いた時ほど、私は自分の学問の無価値を痛感したことは無い。学校の先生の口を通じて聞いた智識、書斎の学者のペンを通じて読んだ理論、其れが絶対に無価値だとは勿論言へないが、併し私達の生活には余り効能の多くないものである。殊に平生室内にばかり引込み勝ちであつた私は、自然に対して無智、無感興であつたことに驚かされたのである。quomark end - 馬鈴薯からトマト迄 石川三四郎
 
 石川三四郎は、フランスでじゃがいもを栽培し、遊びにきたマダムにどうしてジャガイモを収穫しないのですかと言われる。知らぬ間に育ちきったそれを地中から取りだして石川さんはびっくりするんですが、じゃがいもが地中でこんなに育ちきるなんて、まったくの想定外で知らなかった、と言って喜びます。それをみたフランス人のマダムは大いに笑ったのでした。フランスではじゃがいもを「地中の林檎」と言うのでした。
 フランスの農業は100年前も今もずっと豊かで、とくにブドウ畑の記載がすてきでした。
 

0000 - 馬鈴薯からトマト迄 石川三四郎

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(総ページ数/約10頁 ロード時間/約3秒)
 
追記
終盤の、ジャガイモとトマトがかけあわさることにかんしては、ネットにも「ポマト」のページにちょっとした記載がありました。百年千年も残る豊かなブドウ畑と、残らない変容トマトには、なんだか差があって、ちょっともの悲しいのでした。