ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
抒情挿曲
 

  十

蓮の花はおどおどしてゐます
あまりにはげしいお日さまの熱に
そして頭を埀れたまゝ
夢みながら夜を待つてます

やがて愛人のお月さまが
そのやさしい光で呼びさます
蓮はしづかに開きます
信心ぶかいその顔を

蓮はかがやくばかりに花咲いて
だまつて空を見上げてゐます
そしては泣いて匂つてふるへます
恋しいおもひと恋のかなしみに
 

  十一

清いラインの流れには
しづかな波に影をひたす
たふといキヨルンのあるまち
大きな名高いその御寺てら
御堂おてらの中には金いろの革に
かれた画像がかけてある
わたしの寂しい生涯に
やさしい光を投げたあの画像すがた

その聖母マリヤのまはりには
天使が飛んで花がにほふ
その眼、そのくち、その頬は
わたしの好きなあの人にいきうつし
 

  十二

おまへはわたしを愛しない、わたしを愛しない
愛しなくともかまはない
おまへの顔さへ見てをれば
わたしはうれしい王様のやうに

おまへはわたしを憎んでゐる、わたしを憎んでゐる
それをおまへのあかい小さな口は言ふ!
でもその口が接吻きすにと差出されさへすれば
それでわたしは満足する
 

  十三

わたしは愛してまいてくれ
かはいゝかはいゝきれいなひとよ!
まいておくれよそのうででそのあしで
またそのしなやかなからだでもつて
 

   *   *   *

蛇の中の一番きれいな蛇が
かつてしつかりまきついて
はげしくだいたしめつけた
一番仕合者のラオコオンを
 

  十四

誓ふな、誓ふな、たゞ接吻きすせよ
わたしはちつとも女の誓ひを信じない!
おまへの言葉は甘くとも
おまへの接吻きすはなほ甘い!
その接吻きすを貰つてわたしはまたおもふ
言葉はほんにあとのない煙だと
 

   *   *   *

誓へよ、誓へよ、いつまでも
わたしはおまへの嘘を信じてあげる!
おまへの胸へ身を伏せて
わたしは仕合者だと信じよう
恋人よ、おまへが永遠に、永遠よりも一層長く
愛してくれるとわたしは信じよう

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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