ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
抒情挿曲
 

  十五

あの人のかあいらしい眼のために
わたしは作らう、すてきなカンツォオネを
あの人の小さな口のために
わたしは作らう、たいしたテルツォネを
あの人のきれいな頬のために
わたしは作らう、上手なスタンザを
してもあの人が心といふものもつてたら
わたしは作らう、立派なソネットを
 

  十六

世間は馬鹿だよ、盲目めくらだよ
だんだん馬鹿げてくるだけだ!
どうだおまへ、世間はおまへの噂して
ひどくたちのよくない女だと言ふ

世間は馬鹿だよ、盲目だよ
世間はおまへをいつも誤解してる
そして奴等は知らぬのだ
おまへの接吻きすがどんなに熱くたのしいか
 

  十七

恋人よ、今日わたしに言つてくれ
おまへは幻影まぼろしぢやないのかい?
あつい真夏の真昼間
詩人の頭から生れたのぢやないか?

いやいや、こんな真紅な口や
こんな不思議に輝く眼は
こんな可愛いゝきれいな子は
詩人はとてもつくれない

バジリスクや吸血蝙蝠ヴアンパイヤア
竜やその他の怪物を
かうしたいやな生物いきもの
詩人の熱は生み出した

だが、おまへとおまへの狡猾や
おまへのかはいゝ頬つきや
やさしい嘘つく眼差まなざしは——
詩人はとてもつくれない
 

  十八

泡から生れたヴィナスの神のやうに
わたしの恋人は美しく輝いてゐる
だがその人は行つてしまふ
ほかの男の花嫁に

心よ、心よ、おまへは辛抱づよい
裏切り女をうらむな
我慢しろ我慢しろ、ゆるしてやれ
馬鹿な女のしたことを
 

  十九

わたしは怨まぬ、たとひ心が裂けようと
もはやこの手にかへらぬ人よ!わたしは怨まぬ
どんなにおまへがダイヤモンドで飾らうと
おまへの心の闇に光はさゝぬのだ

わたしはちやんと知つてゐる
夢におまへの心の闇で
おまへの胸を噛む蛇を見た
わたしは知つてる、恋人よ、おまへがどんなに苦しむか

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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