ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
抒情挿曲
 

  二十

ほんとにおまへは不幸ふしあはせだ、わたしはきらはぬ——
恋人よ、ふたりは一しよに苦しまう
死といふものがやつて来て、いたんだ心を破るまで
恋人よ、ふたりは一しよに苦しまう

わたしはおまへの口にたゝへた嘲りを見る
おまへの瞳に強情の光るを見る
おまへの胸からのぼる傲慢を見る
しかしおまへは不幸ふしあはせだ、
わたしのやうに

またその口のはたには見えぬ痛みがうづき
おさへた涙は瞳の光をくもらせて
たかぶつた胸もうちに傷手いたでをかくしてゐる——
恋人よ、ふたりは一しよに苦しまう
 

  二十一

笛は吹かれる胡弓はひびく
太鼓は大きな音立てる
花嫁は婚礼の舞踏をどりををどる
しかもわたしの恋しいあの人が

銅鑼はがちやがちや叩かれる
吹管シヤルマインは鳴らされる
その間からかすかに洩れてくる
天使エンゼルたちの泣声が
 

  二十二

ぢやあおまへはすつかり忘れたのだね
わたしが長いことおまへの心を獲てゐたのを
おまへの心は甘く小さく偽りだ
おまへの心より甘く偽りの心はない

ぢやあおまへはわたしの心をしめつけた
あの愛と苦みとを忘れたのだね
わたしは知らない、愛が苦みより大きいかを
わたしはたゞ知つてゐる、それが二つとも大きかつたのを
 

  二十三

わたしがどんなにふかを負つてるか
あのちひさな花が知つたなら
私のいたみをなほすため
一しよに泣いてくれるだらう

わたしがどんなにわづらつてるか
あの夜鶯うぐひすが知つたなら
よろこばしげな守唄もりうた
うたつてくれることだらう

わたしのなげきを知つたなら
あのぴかぴか光る黄金の星は
たかいとこから降りて来て
さぞいたはつてくれるだらう

だがみんな知つてはゐなからう
たつた一人がそれを知る
ほんに自分の手でもつて
わたしの心をやぶつたその人が
 

  二十四

なぜに薔薇は青白い
いとしい人よ、なぜだらう?
なぜに緑の草の間に
青い茎はかたらぬか?

なぜに悲しげな声をして
雲雀は空にさへづるか?
なぜにバルザムの間から
死骸のにほひが立ちのぼる?

なぜにあんなに厭はしう
寒い日は野を照らすだらう?
なぜに地はこんなに灰色に
荒れた墓場に似てゐるか?

いとしい人よ、いつてくれ!
なぜにわたしはわづらふか?
いとしい人よ、どうぞいつてくれ
なぜにわたしをすてたのか?

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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