ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
抒情挿曲
 

  二十五

彼等はおまへにいろんなことを告げた
いろんなことを訴へた!
けれどもわたしの心を苦めてゐる
そのことばかりは言はなかつた

彼等はがやがやしやべり散らし
責め立てるやうに頭を振つた
彼等はわたしを悪人と呼んだ
そしておまへはそれをすつかり信じてしまつた

けれども一番悪いそのことを
ちつとも彼等は知らなかつた
一番悪い、一番馬鹿げたそのことを
わたしはちやんと胸底にかくしておいたので
 

  二十六

菩提樹は花咲き、夜鶯うぐひすはうたひ
なさけぶかげにうれしげに日の笑ふとき
おまへはわたしに接吻きすをした
わたしを抱いて波うつ胸にかきよせた

木の葉は落ちて、鴉はいやな声で鳴き
日は倦んだ目付を投げてるとき
ふたりはよそよそしく呼び交した『さやうなら!』
そしておまへは鄭重に、極く丁寧なお辞儀した
 

  二十七

二人は気だてが似てゐたが
互ひに大層好きだつた
二人はよく『夫婦めうとごつこ』をしたものだ
でもつかみ合つたり叩き合つたりはしなかつた

一緒に笑つたりふざけたり
二人はやさしく接吻きすして抱き合つた
それがたうとう子供らしい気持から
森や野原で『かくれんぼ』をした
ところがあんまり上手にかくれた為めに
互ひに二度と見附け出すことが出来なかつた
 

  二十八

わたしは天国を信じない
いくら坊主がしやべつても
わたしはたゞおまへの眼を信じる
それがわたしの天国だもの

わたしは神様を信じない
いくら坊主がしやべつても
わたしはたゞおまへの心を信じる
その外にわたしの神はない

わたしは悪魔とよぶものを
地獄も地獄の苛責も信じない
わたしはたゞおまへの眼を信じる
それからおまへのよくない心を信じる
 

  二十九

長いことおまへはわたしに操を立てゝ
いろいろわたしの面倒を見てくれて
わたしが困つたり心配したりしてゐる時には
なにかとわたしを慰めてくれた

おまへはわたしに飲み食ひさせ
金まで大層貸してくれて
わたしの着物の心配したり
旅行劵をおくつてくれたりした

かはいゝ人よ、どうぞ神様がいつまでも
暑いにつけ寒いにつけおまへを守つてくれますやうに
そしておまへがわたしにしてくれた
あの親切をおまへにかけてはくれませぬやうに!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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