ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
抒情挿曲
 

  三十五

松は寂しく立つてゐる
北国きたの冷たい山の上に
松は眠つてゐる真白な
雪と氷に蔽はれて

松は夢みる椰子の樹を
遠い東邦ひがしのその椰子は
焼けつくやうな絶壁に
寂しくだまつて悲んでゐる
 

  三十六

きれいな、あかるい黄金の星よ
遠くの恋しい人に告げてくれ
わたしが心きずつき青ざめて
やつぱりあなたを忘れぬと
 

  三十七

あゝ、あの人の足を乗せてゐる
踏台がわたしであつたなら!
どんなにあの人が踏み附けやうと
わたしは苦痛を訴へまい  

  (心は言ふ)
あゝ、あの人のピンをさしておく
クツシヨンでわたしがあつたなら!
どんなにあの人が刺さうとも
わたしは刺されて喜びたい  

  (歌は言ふ)
あゝ、あの人が髪を巻く
紙切れでわたしがあつたなら!
わたしはそつとあの人の耳に囁きたい
わたしの胸につもつてゐることを
 

  三十八

こひしい女と別れたのちは
笑ふことさへ忘れてしまつた
馬鹿者どもに馬鹿げたことを言はせても
それでもわたしは笑へない

女をなくしてしまつてからは
泣くこともまた出来なくなつた
心は辛くて裂けさうだけれど
それでもわたしは泣かれない
 

  三十九

わたしは大きな悩みから
小さな歌をつくり出す
歌は翼の音たてゝ
彼女の胸へと飛んで行く

歌は一たん飛んでは行くけれど
また帰つて来て嘆息する
嘆息しても言はうとしない
何をその胸で見て来たか

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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