ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
抒情挿曲
 

  五十

わたしはおまへを愛する、昔も今も!
世界がくだけて落ちる日は
木端微塵の破片かけらから
わたしの恋の焔が燃えあがる
 

  五十一

ひかり輝く夏の朝
ひとりで庭をぶらついてると
花は囁き合つたり話し合つてゐる
それにわたしは黙つて歩いてる

花は囁き合つたり話し合つてゐる
そしては気の毒さうにわたしを見て
『わたしたちの姉妹ねえさんをおこつちやいやよ
ねえ、悲しさうに蒼ざめた方!』と言ふ
 

  五十二

わたしの恋はあはれつぽく
くらい光をはなつてゐる
夏の夜かなしいしんみりした
昔話を聞くやうに

『魔法の園にただふたり
恋人同士がさまようてゐる
夜鶯うぐひすたちは歌うたひ
月の光りはかゞやいてゐる

処女は石像のやうに静かに立つてゐる
騎士はその前に跪いてゐる
その時曠野の巨人がやつて来て
処女はおそれて逃げてしまふ

騎士が血みどろになつて斃れた時に
巨人はうちへよろよろ帰つて行く』——
わたしが葬られてしまふとき
この昔話は終るだらう
 

  五十三

彼等はわたしを苦しめて
蒼くなるまでかはらせた
わたしを愛したその人も
わたしを憎んだその人も

彼等はわたしの麺麭に毒を入れ
わたしの杯に毒をついだ
わたしを愛したその人も
わたしを憎んだその人も

しかい一番手ひどく苦めて
わたしを泣かせたその人は
わたしを憎みもしなければ
わたしを愛しもしなかつた
 

  五十四

おまへのやさしい頬の上に
夏はあつげに燃えてゐる
おまへのちひさな心には
つめたい冬がよこたはる

しかしおまへは変るだらう
わたしのかはいゝ恋人よ
頬には冬が来るだらう
夏は心に行くだらう

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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