ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
抒情挿曲
 

  六十五

光りかゞやく星ひとつ
たかい空から落ちてくる!
それはなに星、恋の星
落ちて行くのが見えるのは!

林檎の樹からはたくさんの
花や木の葉が落ちてくる
いたづらものゝそよ風が
面白さうにもてあそぶ

池の中には白鳥が
泳ぎまはつては歌つてゐる
だんだん声を低くして
つひには水にもぐり込む

暗くしづかになつて来た!
花や木の葉は吹き去られ
星は砕けて飛び散つて
白鳥の歌は消え去つた
 

  六十六

つめたくしんとした真夜中の
森を泣いてはかけまはり
寝てゐる木立をゆすぶると
慰め顔にかしら振る
 

  六十七

誰でも自殺をしたものは
十字路のわきに埋められる
そこには青い花が咲く
それを哀れな罪人の花とよぶ

十字路に立つてわたしは吐息する
夜はひんやりとして音もない
しづかに月の光に動くのは
哀れな罪人の花である
 

  六十八

何処へ行かうとわたしのまはりには
深い恐ろしい暗がある
恋人よ、わたしにはおまへの眼がもはや
輝やかなくなつてからといふものは

甘やかな愛の星かげの
黄金の光はわたしに消え失せた
わたしの足もとには淵があいてゐる——
わたしを取つてくれ、古い夜!
 

  六十九

古いくだらぬ歌反古や
心を悩ます夢まぼろしを
さあもうすつかり葬らう
さあ、大きな柩を持つて来い

何であらうとかまはずに
いろんなものを投げ込むのだから
柩はもつと大きくなくちやならん
ハイデルベルヒの樽のやうに

それから棺台くわんだいを持つて来い
板の厚くしつかりした奴を
それももつと長くなくちやならん
マインツにある橋のやうに

それから一二人の大男を連れて来い
それもキヨルンの御堂おてらづしにある
クリストフ聖者の像よりも
もつと強さうでなくちやならん

その大男に柩を担いで行かせ
海へ沈めてしまはせろ
こんな大きな柩には
大きな墓がいゝからね

してまた柩がそのやうに
なぜ大きく重いか知つてるか?
それはわたしがこの愛と
この苦みとをいれたんだもの

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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