ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
帰郷
 

  四十五

『友よ!いつまでも昔の歌を
歌つて何の役に立つ?
むかしの恋の卵の上にいつ迄も
おまへは考へながらすわつてゐる気かね?

あゝ!それは相変らずのやり方だ!
殻の中からひよつ子が這ひ出して
ぴいぴい鳴いたり羽根をばたばたさせる
するとおまへはそれを書物の中に閉ぢこめる』
 

  四十六

どうかまあ我慢して下さい
このあらあに出来た歌のなかに
やつぱり昔の悲しい調子が
相変らず響いてゐるやうなら

まあ一寸待つて下さい、そのうちに
この悲しい響も消えるでせう
そしたらあたらしい春のやうな歌が
癒やされた胸から湧くでせうから
 

  四十七

もういろんな馬鹿をやめにして
理性へかへつて行く時だ
わたしはもう長いことおまへと共に
喜劇を演じて来たのだからね

立派な舞台の背景は
ロマンティック風にいてあつた
わたしの騎士外套は黄金きんのやうに輝いてゐた
わたしはデリケエトな感情を味つた

もうわたしはすつかり正気になつて
馬鹿げたあそびをやめてしまはう
だがやつぱりわたしは不仕合な気がする
やつぱり喜劇を演じてゐるやうで

あゝ!わたしは冗談に、無意識に
自分の感じたとほりを言つた
わたしは胸の中に死を抱いて
瀕死の闘技者の役目をつとめたのだと
 

  四十八

ヰスワミトラといふ王様は
夜も寝ないで懸命に
戦争いくさをしたり懺悔をしたりして
ワジシタの牝牛を得ようとした

おゝ、ヰスワミトラといふ王様よ
おゝ、おまへは何たる牡牛ばかだらう
そんなに戦争いくさをしたり懺悔をしたりするなんて
たつた一つの牝牛のために!
 

  四十九

心よ、わたしの心よ、そんなに悲しむな
さうしておまへの運命を堪へるがよい
春が来たならかへすだらう
冬がおまへから取つて行つたものを

それにまあどんなに沢山のものがおまへに残されてゐたらう!
そしてやつぱりこの世はどんなに美しいか!
わたしの心よ、おまへの気に入るものは
何でも、何でも、おまへは愛していゝんだぞ!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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