ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
帰郷
 

  五十

おまへは花にもたとへたい
ほんとに可愛くきれいでけがれてない
わたしはおまへを見るたびに
かなしい思ひにたへかねる

おぼえず両手をさしのばし
おまへのかしらへおしあてゝ
いつまでも可愛くきれいでけがれずにと
神に祈つてやりたくなる
 

  五十一

子供よ!それはおまへの身の破滅だ
だからわたしはわざと骨折つた
おまへの心がわたしを愛して
わたしのために決して燃えないように

ただそれが容易に成功すると
わたしは悲しい気持がする
そして屡々考へる
やつぱりおまへに愛されたいと!
 

  五十二

夜のしとねにうづまつて
寝床にひとり寝てゐると
つい目のさきをなつかしい
たのしい姿が往来ゆきゝする

いつか寝床で眼を閉ぢて
しづかな眠りに入るとき
その姿はそつと音もなく
わたしの夢に忍び込む

けれど夜が明けて眼がさめると
その姿も夢と一緒に消えちまふ
それから終日いちにちその姿を
わたしは胸に抱いてゐる
 

  五十三

紅い小さな口をした娘
甘い涼しい眼をした娘
わたしの可愛い小さな子
わたしはいつもおまへを忘れない

この長い長い冬の夜を
わたしはおまへの傍にゐたい
おまへとならんであの部屋で
おまへと話がして見たい

おまへの小さな白い手を
わたしの口におしつけたい
さうして涙で濡らしたい
おまへの小さな白い手を
 

  五十四

外には雪がつもらうと
霰がふらうと荒れようと
窓ががたがた揺れようと
わたしはけつしてかなしむまい
なぜなれば、愛する人の面影と
春のたのしみとが胸に燃えるから

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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