ハイネ詩集 生田春月訳

.

ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
帰郷
 

  八十

接吻きすのなかにはどんな嘘!
嘘の中にはどんな楽しみ!
あゝ、だましてやるのはどんなに楽しいか
だまされてゐるのはなほ楽しい!

恋人よ、おまへがどんなに拒まうと
わたしは然し知つてゐる、おまへが許すそのことを!
わたしは信じよう、おまへが誓ふそのことを!
わたしは誓はう、おまへが信じるそのことを!
 

  八十一

わたしはおまへの真白な肩に
そつと頭をもたせかけ
さうしてこつそりうかゞつた
おまへの胸が誰のために鳴つてゐるか

青い服着た驃騎兵フザアルは喇叭を吹いて
まちの門から入つて来る
さうして明日はわたしを棄てるだらう
こんなにかはいゝあの人は

明日はおまへはわたしを棄てるだらう
だが今日だけはまだわたしのものだ
そしておまへの美しい腕の中で
わたしは二重に幸福しあはせ
 

  八十二

青い服着た驃騎兵フザアルは喇叭を吹いて
まちの門から練つて出る
その時わたしは持つて来た
おまへに薔薇の花束を

本当に乱暴なお客様!
兵隊さんにはかなはない!
そのうえおまへの胸にさへ
たくさんとまつて行つたのだ
 

  八十三

若い身そらでいろいろと
わたしは辛い目にあつた
恋といふ熱にうかされて
だが今ではたきぎが高いから
そんな火なんか消しませう
Ma foi!(さうともさ!)それに限ります

美しい娘さんよ、これを考へて
馬鹿な涙はお拭きなさい
馬鹿な恋の悩みはお棄てなさい
あなたに生命いのちが残つてゐるならば
古い恋なんかお忘れなさい
Ma foi!(さうともさ!)わたしの腕に抱かれて
 

  八十四

おまへは本当にわたしを憎んでゐるか?
おまへは本当に変つてしまつたか?
わたしは大きな声で世間に訴へよう
おまへがあんなにひどい仕打をしたことを

おゝ、この恩知らずの唇め
あの時おまへをあのやうに
愛して接吻きすした男のことを
よくまあそんなにひどく言へるねえ?

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
物語倶楽部作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、物語倶楽部で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。