ハイネ詩集
生田春月 訳
小唄
五
朝起きるとわたしは問うて見る
あの人は今日来るかしらと
晩には床に突つ伏し吐息する
あゝとうと今日もまた来なかつたと
苦しいおもひに責められて
夜つぴてわたしは眠られぬ
うつらうつらとまどろんでゞもゐるやうに
夜があけるとわたしは歩きまはる
六
まあ何と心の落着かないことだらう!
もう何時間すると、わたしは逢へるのだ
きれいな
だがわたしの心よ、おまへはひどく動悸が打つてるね!
ほんに時間といふ奴はなまけものだ!
のん気にぶらぶらぶらついて
欠伸をしながら歩いてゐる
おいちと急いでくれよ、このなまけもの!
わたしは今にもまつしぐらに駈け附けたい!
だが時間といふ奴は恋をしない奴——
目に見えぬ残酷な紐にくゝられながら
時間は恋人たちの駈足を
七
沈んだ気持になりながら
木かげで一人でぶらついてると
昔の夢があらはれて
わたしの心に忍び込む
高い小枝にゐる小鳥
誰がおまへたちにその歌を教へたか?
お黙り!わたしの心がそれを聞くと
たまらなく悲しくなるからね
『これはきれいな娘さんにならつたのです
しよつちゆう歌つてゐましたから
わたしたちは直ぐに覚えたのです
美しい黄金のやうなその言葉を』
もうそんな話はやめてくれ
ほんとにずるい小鳥たち
おまへたちはわたしの悲みを
だがわたしは誰も信用しやしない
八
愛する人よ、わたしの胸に手をお置き——
どうだい、どんなに動悸が打つてるえ?
そこにはわたしの棺箱を
へたな大工がこさへてるんだ
夜昼となく槌打つて
はやもう疾くからわたしを眠らせぬ
あゝ、急いでやつてくれ、棟梁
わたしがすぐに眠れるやうに!
九
わたしの歌が
花であつたらよからうに
わたしはそれをあの人に
送つて嗅がせてやるんだに
わたしの歌が
わたしはそれをこつそりと
あの人の頬におくらうに
わたしの歌が
それをスウプに煮たならば
さぞやおいしいことだらうに
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年)
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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