ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
凪ぎ

海は凪ぎだ!太陽は
水面に光を投げてゐる
さうして波の寳石のなか
緑の溝をつくつて船は行く

とものところには舵手かぢとり
腹這ひに寝て低い鼾声いびきを立てゝゐる
帆檣のそばには帆をつくろひながら
瀝青タアルまみれになつたボオイがうづくまつてゐる

彼のよごれた頬つぺたは紅く燃え
その広い口は悲しげにぴくぴくしてゐる
その美しい大きな眼は
悲しい色を浮べてゐる

それは船長が彼の前に立つて
恐ろしい権幕で罵つたからだ
『この泥坊め、貴様はおれの樽から
青魚にしん一尾ぴき盗んだな!』と

海は凪ぎだ!波間には
利巧な魚が頭を出して
日なたぼつこをやりながら
尾では面白く水をばちやばちやさせてゐる

するとかもめは高空から
魚の上に落ちて行き
すばやく嘴でひつさらひ
また青空へ飛び上る

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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