ハイネ詩集
生田春月 訳
新しい春
(一八二八年 – 一八三一年)
松は寂しく立つてゐる
北国の————————
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松は夢みる椰子の樹を
遠い————
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プロロオグ
画廊で君は屡々見るであらう
槍と楯とに身をかためて
立派な
ところがいたづら好きの愛の
その槍と剣とを奪ひ取り
花の鎖で彼をからんでしまふ
たとひどんなに顔をしかめて拒まうとも
かうしたやさしい鎖にからまれて
喜びと悲みとにわたしは凡てを忘れてしまふ
時代の大きな
一
真白な樹の下にぢつとすわつて
おまへは遠い風の叫びを聞いてゐる
天には無言の雲かげが
霧につゝまれて行くのを眺めてゐる
地にも森も野原もおとろへて
裸になつてしまつたのを眺めてゐる——
おまへのまはりにもおまへの中にも冬が来て
さうしておまへの心は凍つてゐる
不意に何だか真白なものが
おまへの上に落ちて来る
おまへは腹立しげに考へる
立木が吹雪をぶつかけたのだと
だがそれは吹雪ではなかつたと
やがて気が附いてびつくりするその嬉しさ
それは匂はしい春の花だ
おまへをからかひ、おまへを蔽ふのは
何たるぞくぞくする嬉しさだらう!
冬は春に変つてしまひ
雪は花に変つてしまひ
さうしておまへの心はふたゝび愛の燃える
二
森は芽ぐんで青くなり
まるで少女のやうに嬉しさにふるへてゐる
太陽は空から笑つて言ふ
『若い春よ、よく来たね!』
また悲しげに鳴いてるね
咽ぶやうな長く曵つぱつた音を出して
さうしておまへの歌は愛の思ひで一杯だ!
三
春の夜の美しい眼は
慰めいたはるやうに見下してゐる
愛がおまへをそんなに小さくしたのなら
またおまへを高めてくれるだらう
緑に萠えた菩提樹の枝にとまつて
その歌がわたしの胸に沁み入ると
心はまたもや広くなる
四
わたしは花を愛する、だがどの花だかわからない
それがわたしを苦しめる
そこでわたしはいろんな花を見まはして
やさしい一つの心を探す
花は夕日の光にみな匂ひ
わたしはその心を求める、わたし自身の心のやうに
美しく波打つその心を
わたしは知つてゐる
わたしたちは辛い悲しい気持だもの
悲しい辛い気持はひとつだもの
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年)
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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