ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
新しい春
 

  四十

わたしの望みは花のやうに咲き出しては
また花のやうに萎れてしまふ
花咲いてはまた萎れてしまふ——
かうしてつひに枯れてしまふのだ

わたしは知つてゐる、そのために
わたしの愛と楽しみはすつかり破られた
わたしの心は賢くて気が利いてゐるから
人知れず胸の中で血を流してゐる
 

  四十一

まるで老人の顔のやうに
そらはなさけない色をしてゐる
たつた一つの赤い眼は
灰色の雲の髪にかこまれてゐる

彼が地上を見おろすと
花はのこらず枯れてしまふ
人間ひとの心のなかにある
愛も歌もみな枯れてしまふ
 

  四十二

冷たい心の中に腹立たしい思ひを抱いて
腹立たしげに冷たい世界を旅をする
秋も終りだ、湿つぽい霧は
死んだやうな土地を包んでゐる

風はぴゆうぴゆう音立てゝ
樹立の赤い葉をゆすぶり落す
森は嘆息ためいきを吐き、裸の野原は煙つてゐる
さて一番悪いことがやつて来る、雨!
 

  四十三

晩秋の霧、冷たい夢
山も谷も凍つてしまひ
嵐は木立の葉をむしり
骨ばかりの樹はみな幽霊のやうだ

たゞ一本の樹だけが悲しげに黙つた儘
葉を奪はれないで立つてゐる
悲しみの涙にでも濡れたやうに
彼はその緑の頭をゆすつてゐる

あゝ、わたしの心はこの曠野に似てゐる
そして彼方あそこに見えるあの木立
あの常緑とこみどりの木こそはおまへの姿だ
わたしのかはいゝ美しい妻よ!
 

  四十四

空は灰色に濁つてゐる!
市街まちもやつぱりもとのまゝだ!
さうしてやつぱりもの悲しげに
エルベ河に影をひたしてゐる

長い鼻をした連中の長談義ながだんぎ
あゝその退屈な様子はたまらない
おまけに偽善で高慢で
くだらぬことで鼻息を荒くする

美しい南の国よ!どんなにわたしはたふとぶか
おまへのそらを、おまへの神々を!
この取得のない人間の屑どもと
このいやな天気とにまた出会つてから!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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