ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
アンジエリク
 

  その一

美しい若い女よ、わたしは決して信じない
そのはにかんでゐる唇の言ふことを
こんな大きな黒い眼は
徳といふものをもつちやゐない

この鳶色は筋を引いた嘘を消しちまへ!
わたしはおまへをしんから愛してゐる
おまへの白い胸に接吻きすさせてくれ——
白い胸よおまへはわたしの心が分るかい?
 

  その二

わたしは彼女の眼をふさいで
そのくちの上に接吻きすをする
するともう彼女はわたしをはなさないで
どうしたわけだと訊いてしやうがない

日が暮れるとから夜があけるまで
彼女は始終わたしに問ふ
『あなたはわたしのくち接吻きすをなさるのに
どうしてわたしの眼をおふさぎなさいます?』

わたしは言はない、なぜさうしたか
なぜだか自分でもわからない——
さうして彼女の眼をふさいでは
そのくちの上に接吻きすをする
 

  その三

楽しい接吻きすに酔はされておまへの腕に
いゝ気持になつてわたしがゐる時に
おまへは独逸の話をわたしにしちやいけない
わたしはとても堪らない—— それにはわけがある

どうぞ独逸の話はもうやめにしてくれ!
故郷の有様や故郷の人の暮しについて
きりのない問を発してわたしを苦しめてくれるな——
それにはわけがある—— わたしはとても堪らない

樫の樹は緑だし、独逸の女の眼はあを
彼等は愛や希望や信仰を求め
あこがれ悩んでは嘆息する!
わたしはとても堪らない—— それにはわけがある

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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