ハイネ詩集
生田春月 訳
ジェンニイ
わたしはもはや三十五
それにおまへはまだ十五……
おゝジェンニイ、わたしはおまへを見てゐると
むかしの夢を思ひ出す!
千八百十七年に
わたしは一人の少女を見た
姿も
髪もおまへの髪だつた
わたしが大学に入ることになつて
『僕は直ぐまた帰つて来るからね
どうか待つてゐておくれ』とおまへに言ふと——
おまへは言つた《あなたはわたしの唯一の幸福よ》
三年間も法律を勉強してゐたが
ちやうど五月の一日に
ゲッティンゲンでわたしは聞いた
わたしの花嫁が結婚したことを
それは五月の一日だつた!
春は緑に笑つた、野に谷に
鳥はうたつた、虫は喜ばしげに
日光の中を飛んでゐた
けれどわたしは蒼くなり病気になつて
すつかり元気が無くなつた
わたしが毎晩どんなに苦しんだか
それを知るのは神様だけだ
でもわたしは
今では樫の樹のやうに頑丈だ……
おゝジェンニイ、わたしはおまへを見てゐると
むかしの夢を思ひ出す!
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年)
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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