ハイネ詩集 生田春月訳

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ハイネ詩集
生田春月 訳
 
 
 
小唄
 

  その一

『眼よ、死ぬ時のある美しい星よ!』
こんなに響いたその歌は
かつてわたしがトスカナの
海のほとりで聞いたその歌は

小さな娘がうたつてゐた
海辺で網をつくろいながら
わたしを見てゐた、わたしがこのくち
その真紅なくちに押しつけるまで

その歌とその海とその網とを
またわたしは思ひ出さずにはゐられない
はじめておまへを見たときを——
だが今はまたおまへに接吻きすせずにはゐられない
 

  その二

それは仕合せな男といへる
その男は然しくたびれよう
三人の馬鹿にきれいな恋人と
たつた二本の足とをもつならば

わたしは一人を朝ごとに
一人を毎晩おつかける
三人目のは昼ごろに
わたしのところへやつてくる

さやうなら、おまへ逹三人の恋人よ
わたしはたつた二本の足しきやもたぬ
わたしは静かに田舎にひつこもり
美しい自然でもたのしまう

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
底本:「ハイネ詩集」(新潮文庫、第三十五編)
新潮社出版、昭和八年五月十八日印刷、昭和八年五月廿八日發行、
昭和十年三月二十日廿四版。
生田春月(1892-1930年) 
「ハイネ詩集」(Heinrich Heine, 1797-1856年)
入力:osawa
編集:明かりの本
2017年7月7日作成
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