柳田国男 こども風土記

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 ねぎごと
 
 
 念打ねんうちと字に書くのがもとの意にかなうものかと思う。或いはあまり念が入りすぎるかも知れぬが、もう少しばかり他の土地の例をならべると広島県の海岸地方にも、ネンがありまたネンウチの遊びがある。倒して相手のネンを取るほかに、はじめから下手へたで地面に立たなかったものも次の番のの所得になる。どういうわけでか、それをグッソウと子どもはいっている。ネンギリという名前が備後びんごの府中などにはある。打つという代りに切るともいっていたのか、或いはまた別の言葉だったかも知れぬ。豊前ぶぜん築上ちくじょう郡などではこの木の棒をネンギ、伊予いよ宇和島うわじまではこれをキネンといい、またネンガリともいうのは日本海側のネンガラと似ている。
 近いところでは神戸こうべにも、このネンガラという語が行なわれていた。現在はもう木をとがらしたものでなく長さ四、五寸の鉄の棒の、さきの尖ったものを用いるというが、もちろん今はもう見られぬであろう。私などもまだ播州ばんしゅうにいたころ、大きな西洋釘せいようくぎに紙のふさを附けたものを、地面に打付うちつけているのを見たことがあるが、あぶないといって持つことを許されなかった。しかしああいうものではとても関東などの根木打ねっきうちの面白さは味わえなかったろう。以前の競技は青年も加わり、それよりももっと複雑な、かつ興味の深いものではなかったかと思う。
 有馬ありま有野ありの唐櫃からと神社に伝わっているネングイというものなどは、正月二日の鬼打神事おにうちしんじの一部で、はじめに的射まといの式があってそれの終った後、弓を地上においてその弓弦ゆみづるの前と後とに、はぜの木で作ったくいを六本ずつ二度、合せて二十四本打ちこむ。閏年うるうどしには二十六本、すなわち十三本の倍数を打つというから、多分はこれにって月々の吉凶きっきょうまたは晴雨をぼくしたのだろうと思うが、現在はもう自信がなくなったものか、それぞれ適当の場所に手を持ちそえて刺しこむことにしている。そういった変化は他の土地の、的射の式などにもおりおりに見られる。
 つまりは成人の間ではただ形だけを残し、その面白さの方は子どものみが相続しているのである。尾張おわり知多ちた半島などでこの遊びをネギゴトといい、それに使う木の棒をネギというのも、同じ念木ねんぎという語の地方音だったかも知れぬが、別にこれを願いごとまたは禰宜事ねぎごとと解してもよいような感覚がなお残っていて、二つの心持こころもちが融合したものとみられる。ことに小児は単純だから、毎度こういう思いちがいをしやすいのである。
        
 
         
〔つづく〕
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