柳田国男 こども風土記

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 鹿・鹿・角・何本
 
 
 一昨年の九月、米国ミズリー大学のブリウスタアという未知の人から面白い手紙の問合せを受けた。もしか日本にはこういう子供の遊戯はありませんかという尋ねである。一人の子が目隠めかくしをして立っていると、その後にいる別の子が、ある簡単な文句で拍子ひょうしをとって背なかをたたきその手で何本かの指を出して、その数を目隠しの子に当てさせる。英語では問いの文句が、
 
How many horns has the buck?
「いかに 多くの 角を 牡鹿おじかが 持つか」
 
 ドイツのも全くこれと同じだが、国語のちがいで一言葉ひとことば少なく、イタリアでは四言葉、スウェーデンやトルコなどは二言葉ふたことばで、やはり意味は鹿の角の数をくことになっている。目隠しをする代りに壁にもたれ、またつんいになって、その背にまたがって、指を立てて問う例もある。もう長いあいだかかって調べていると見えて、これ以外にスコットランド、アイルランド、米合衆国、フランス、ベルギー、オランダ、ギリシア、セルビア、ヘルツェゴビナ、エストニア、スペイン、ポルトガルにも同じ遊びのあることを確かめたといっている。日本にももしかそれがあったら、面白いと思うがどうかという質問である。
 古い文献では、ペトロニュウスの諷刺詩ふうししの一つにも出ているという話である。あったらなるほど面白いが、どうもまだ聞いたことがないようだ、と皆がいうので、一応そういう返事をして置いて、なお念のため『民間伝承』の会報にこの手紙を訳して載せておくと、ほどなく二ヵ所から、あるという報知がやって来た。ありませんなどという答えはめったにできるものでないということを、しみじみと我々は経験したのである。
 滋賀県の今津いまづ近くの村では、少なくとも二十年ほど前まで、この遊びをしたということを、長浜女学校の三田村君がまず知らせてくれた。じゃんけんに負けた一人の子は、窓のへりなどにつかまって身をげていると、勝った方の子がそれに馬乗うまのりになって、指を出して、その数を下の子にいい当てさせ、それが当るまではこの問答をくりかえし、あたれば今度は上の子が答える番にまわるのだそうである。馬乗りになるだけで、もう背なかは打たなかったらしいが、やはりその文句は、
 
鹿しか鹿しかつの何本なんぼん
 
と、くぎってとなえていたという。
        
 
         
〔つづく〕
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