柳田国男 こども風土記

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 精霊飯
 
 
 ままごとは親が見ても静かでしおらしくまた他日の修練にもなって、同情のもてる遊びであったが、それが最初から遊戯として生まれたものでないことは、盆のままごとの一つの例を見てもわかる。浜名湖はまなこ周囲の村々ではショウロメシ、瀬戸内海のある島では餓鬼飯がきめしとさえいう通り、盆は目に見えぬ外精霊ほかじょうりょうや無縁ぼとけが、数限りもなくうろつく時である故に、これに供養くようをしてよろこばせて返す必要があったとともに、家々の常の火・常のかまどを用いて、その食物をこしらえたくなかった。それがかどつじ川原かわら等に、別に臨時の台所だいどころを特設した理由であり、子どもはまた触穢しょくえいみに対して成人ほどに敏感でないと考えられて、特に接待掛りの任に当ったものと思われる。
 お盆飯の材料は家々から持寄もちより、米などはもらい集め、野菜ものは畠から取って来てもよい。或いは大角豆ささげだけは勝手に畠に入ることを許していたという土地があるのも、私には意味のあることに思われる。盆に来る精霊は、大角豆畠ささげばたにしばらく隠れて居るというような言い伝えもあるからである。地方によっては盆棚ぼんだな供物くもつ、ことに水のこまたは水のと称して、茄子なすをこまごまと刻んで水と米とにまじえたものを、家々から貰って来て味をつけて煮ることもある。はしにはかならず精霊様の麻稈おがらを折って用い、めいめいがべる前にまず辻々で無縁ぼとけを祭り、または少しずつ近所の家に配ってまわるという例も多い。私はまだそういう場所に行き合わせたことがないが、小さな女の子が年上の娘の子の指図さしずを受けて、まじめに一生懸命に働いていた様子はほほえましいものであったろうと思う。一度は自分もそういうことをして来て、年を取った村の女たちが、悦んで傍から世話を焼き、またはこの食物をもらって食べておくと夏痩なつやせせぬまじないなどといっていたのも、すべて皆いつからともない仕来しきたりだからで、たとい小さな女の子のすることでも公務であり、どんなに楽しくてもそれはやはり労働であった。
 これが普通の日のただの遊戯となってしまう前から、ままごとという言葉はおそらくは有ったのであろう。コトというのは古い日本語で、祭その他の改った行事を意味していたらしい。徳島県の伊島いしまなどでは、盆のままごとというのがこの精霊飯しょうりょうめしの儀式のことであった。盆以外にも同じ行事がもとは多かったであろうが、もうその目的が盆ほどには明らかでなく、従って人が注意をせぬうちに、追い追いと変化したかと思う。
        
 
         
〔つづく〕
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