柳田国男 こども風土記

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 鬼事言葉
 
 
 人形がおままごとに参加したのは、遠い対馬つしま阿連あれ村の例はあるが、一般にはずっと新しいことで、今ある姉様遊あねさまあそびに伴うてひろまったものらしい。姉様遊びの姉さまが新嫁にいよめの別名であったことは、あの顔より大きな髪飾かみかざり、紅の衣裳いしょう染模様そめもようを見てもわかるが、その花オカタが古いオカタと同居して、特に姉様と呼ばれて区別せられる必要などは、もとは少なくとも村落にはなかったのである。
 この姉様人形が入って来たころから、ままごとはしだいに食べる遊びでなくなった。三宅島みやけじまのネザンバなどはどうかしらぬが、子どもは人形を相手にして遊び出すと、急におしゃべりになるか、そうでないまでも言葉の楽しみを味わう力ができてくる。大人がかたわらにいるうちは黙っているが、それでも独言ひとりごとや心の中の言葉が数を増して、感情のようやくこまやかになって行くのがよくわかる。やたらに切り刻んだものを食べさせまいとする、衛生おかあ様の心遣こころづかいはなくとも、文化が進めばままごとは文芸化せざるをえなかったのである。私は実は人形の普及がこれを促した大きな力ではなかったかと思っているのだが、その説明をしだすとまた長たらしくなるから、今回は見合せておく。とにかくに日本の子ども遊びは、全体に込み入ったものが多くなり、かつ文句が面白くまたしげくなって、言葉の楽しみというものが親たちの近ごろの会話よりも大きかったのである。
 そういう中でも特によく発達しているのは鬼ごとであろう。これも名称が自ら語るごとく、最初は神社仏閣の鬼追おにおい行事に、少年を参加せしめたのが起りと思われるが、今日は野球の規則の一部を採用したアブト鬼というのまでが各地にはやっている。内田武志うちだたけし君の『静岡県方言誌』の一冊が、丹念にこの種類を集めている。全国各地の児童界にも、親がこしらえて与えたとは思われぬ色々の鬼事術語が、土地ごとに制定せられている。
 たとえば何かの理由で一人だけがタイムを要求する合図あいずの語に、ミッキ・ミッコ・ニッキ・モンキ・マッチ・チョマ・ゴイロ・ゴイ・ゴー・タンマ・タンコ・テンマ・タエマ・オヒマ・マヒ・ドッパ・ベン等、さては幼少な者を加えて特別扱いにすることをチャチベ・アブラボウズ・カワラケ・ナベコ・ヒデコ・ミズッコ・スボノコ・ロッパ等々、一々土地を挙げその由来を考えようとしたら、読者が困ってしまわれるだろうほども数多くできているのである。
        
 
         
〔つづく〕
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