罪と覚悟 オー・ヘンリ

2018/11/04

罪と覚悟
オー・ヘンリ O. Henry
大久保ゆう訳
 
 

 一人の獄卒が、刑務所内にある靴工場へやってくる。そのとき、ジミィ・ヴァレンタインは靴の革をせっせと縫っていたのだが、獄卒に連れられて、表の事務所へ行くことになった。事務所に入ると、刑務所長がジミィに恩赦状を手渡した。今朝、知事の手でサインされたものだった。ジミィはやっとか、というふうに受け取った。四年の刑期のうち、もう十ヶ月くらいになる。三ヶ月くらいですむものと思っていたのだ。だいたいジミィ・ヴァレンタインのように、外にお友だちがたくさんいる人間は、刑務所にぶちこまれたからといって、いちいち頭を刈ってたんじゃ、きりがないくらいだ。
 刑務所長が言うには、「あー、ヴァレンタイン。明日の朝、お前は出ていいぞ。しゃんとして、まっとうな人間になれ。根は悪いやつじゃないんだから。金庫破りもやめて、堅気で生きろ。」
 しかしジミィは目を見開いて、「俺が? 今まで金庫破りなんて一度もやったことないってば。」
「そうだ、そうだ。」と刑務所長は笑う。「そういうことにしておこう。だが、それじゃあ、なんでお前さんはスプリングフィールドの一件でここにぶちこまれたっていうんだ。上流社会のお偉さんに傷を付けたら困るから、アリバイを証明しなかったって言うのか? それとも、お前に対して何か思うところのある、陪審員のくそじじいの仕業だとでも言うのか? どっちみち、ぬれぎぬだ、なんて言うやつは、だいたいそんな理由ばっかりだ。」
 やっぱりジミィは人の良さそうな顔して、「俺がですか? 所長さん、スプリングフィールドになんて行ったことないですって。」
「クローニン、こいつを連れて行け! そんでもって、出所用の服を用意するんだ。翌朝七時にこいつを出して、事務所に連れてこい。ヴァレンタイン、さっきの話をよーく、心にとめておいた方がいいぞ。」
 翌朝、七時十五分、ジミィは外にある所長の事務所で突っ立っていた。スーツを着せられるのだが、どうもこれがサイズがぴちぴちの既製服で、靴もきちきちで、歩くときゅっきゅという音がする。要するに、これがおつとめをしたあとの人に、州があてがってくれる支給品というわけだ。
 書記の人が、汽車の切符と五ドル紙幣をくれた。法律はこうやって、立派な市民になってちゃんと働くんだぞ、と背中を押してくれる。刑務所長は葉巻を一本くれて、握手もしてくれた。かくしてヴァレンタイン九七六二号は、名簿にこう記された――〈知事により恩赦〉。そしてジェームズ・ヴァレンタインさんはおてんと様のもとへ足を踏み出した。
 小鳥のさえずりとか、風にそよぐ木とか、花の香りだとか、そんなのは無視して、ジミィはレストランに直行。で、ここで自由の甘いよろこびをかみしめるわけ。ボイルド・チキンを食べたり、白ワインをボトル一本飲んだりして。そして食後の一服。もちろん、帰りに所長がくれたのなんかより、ずっといいやつを。そこからのんびりと駅へ行く。入り口で坐っていた物乞いの帽子に、二十五セント玉をちゃりんと入れて、汽車に乗り込んだ。三時間乗って、州境に近い小さな町で降りる。マイク・ドーランっていう男のやってる喫茶店に顔を出して、カウンタの後ろに一人でいたマイクと握手した。
「すまん、ジミィ、もっと早くに出してやれなくて。」とマイク。「なんせ、スプリングフィールドが強く言いやがるもんだから、知事だってもうすぐで思いとどまるとこだったんだ。調子はどうだ?」
「まあな。俺の鍵は?」とジミィ。
 鍵を受け取って二階に上がり、奥の部屋のドアを開けた。この部屋を出たときから、何も変わってなかった。床の上には、ベン・プライスのカラー・ボタンが転がったままだった。名探偵さんがジミィをひっつかまえるときに無理をやったもんだから、シャツの襟から引きちぎれたやつだ。
 壁から折りたたみベッドを引き出すと、ジミィは壁の羽目板をずらして、ほこりにまみれたスーツ・ケースを取り出した。ケースを開けて、東部最高ともいわれる金庫破り道具一式をほれぼれと見つめた。これさえあれば何でもできる。特別に作った鉄製の道具で、どれも最新型だ。ドリル、ペンチ、曲げ柄ドリル、バール、クランプ、錐などで、様々な大きさ、用途のものが揃っていた。二つ三つはジミィ自身が作った発明品で、このことを誇りに思っていた。××ってところで作ってもらったときには、九〇〇ドル以上かかったものだ。ちなみに××っていうのは、そういう手合いのためにいろいろと作ってくれるところだ。
 半時間後、ジミィは階段を下りて、喫茶店に戻っていた。そのときには、趣味のいい、サイズのあった服を着ていて、スーツ・ケースのほこりもちゃんと払って、手にしっかり握りしめていた。
「やらかすのか?」とマイク・ドーランはにやにやする。
「俺が?」とジミィはしらばっくれて、「何のことですか。わたくし、ニューヨーク腐菓子ふがし朽麦くむぎ合併会社から来たものですが。」
 この自己紹介はマイクをとても喜ばせたから、その場でジミィにミルク・ソーダをおごった。ジミィは決してきつい酒に手をつけなかったのだ。
 ヴァレンタイン九七六二番が釈放されてから一週間後のこと、見事な金庫破りがインディアナ州リッチモンドであった。犯人の手がかりはなし。被害額八〇〇ドル。まずまずだ。それから二週間後、特許を取った改良型盗難防止用金庫が、ローガンズポートでただの包装みたいにあっさり開けられて、今度は現金一五〇〇ドルも盗まれた。証券や貴金属にはまったくふれられていなかった。こうして刑事たちが目を光らせることになったが、それでも、ジェファースン・シティの休火山みたいな古くさい金庫が活動をはじめて、その噴火口から四〇〇〇ドルもの大金が流れ出るにいたった。もうこうなると、ベン・プライスくらい腕の立つやつらに、おはちが回ってくる。事件の報告書を見比べてみると、その金庫破りの手口に、強い類似性が認められた。ベン・プライスは盗難現場を捜査して、世間に次のように述べた。
「これは、“ダンディ”・ジム・ヴァレンタインの手口です。活動再開したというわけです。見てください、このダイヤル部分を――雨の日に大根を引っこ抜くみたいに、やすやすと抜き取られています。こんなことのできる道具を持っているのは、やつだけです。しかも、このタンブラー、まったくきれいに穴を開けたもんです。ジミィはいつも一つしか穴を開けません。みなさん、私はヴァレンタインくんを捕まえたいのです。今度こそ、しっかりおつとめしてもらいますよ、短期刑だの、恩赦だの馬鹿なことをなしにしてね。」
 ベン・プライスはジミィの癖を知っていた。スプリングフィールドの一件で知り尽くしていた。高飛び、素早い逃走、共犯者なし、貴族趣味――こういったやり口が、ミスター・ヴァレンタインを罪からうまく逃れる男として、有名にさせたのだ。ベン・プライスがこの逃げ回る金庫破りの足跡を追っていると公表されると、盗難防止用金庫を持っている人々もほっとすることができた。
 ある昼下がり、ジミィ・ヴァレンタインは愛用のスーツ・ケースと一緒に、エルモアという小さな町で郵便馬車を降りた。鉄道から五マイル離れた場所にある、黒い楢の木の多い、アーカンソー州の田舎だ。ジミィは、大学からふるさとに帰ってきたばかりの、運動好きの若い大学四年生、といった恰好をして、板敷きの歩道をホテルに向かって歩いていった。
 ふと、一人の若い女が向こうの歩道からやってきて、角のところでジミィのわきを通り過ぎていく。女は〈エルモア銀行〉という看板を掲げたところへ入った。ジミィ・ヴァレンタインは女の瞳に吸い込まれ、手前の分際も忘れて、違う人間になっていた。女は目を伏せ、頬をほんのりと赤く染める。ジミィのような顔恰好の青年は、エルモアにはほとんどいないのだ。
 ジミィは、銀行の石段の上でぶらついていた少年を、俺は株主だぞといわんばかりの態度で捕まえ、この町のことをいくつか訊ねた。話の間に、ときどき一〇セント玉をやった。やがて若い女が出てきて、スーツ・ケースを持った青年なんて見向きもしないとばかりに、たおやかに歩いていった。
「あの人は、ポリィ・シンプソンじゃなかったっけ。」とジミィはそれらしく聞いてみた。
 少年は、「いいや、あの人はアナベル・アダムズっていうんだ。親父はこの銀行のオーナーだよ。あんた、何しにエルモアへ来たわけさ。金の時計鎖をつけてるっしょ。おれ、ブルドッグが欲しいんだよね。もう一〇セント玉ないの?」
 ジミィはプランターズ・ホテルへ行き、宿帳にはラルフ・D・スペンサーと書き込んで、一部屋借りた。フロントによりかかって、フロント係に自分の用件を話す。自分がエルモアにやってきたのは、商売をする場所を探してなんだ、この町では、靴屋ってどんな感じだね? 靴屋をやろうと思ってるんだけど、うまく入り込めるかな?
 フロント係はジミィの服や身のこなしに感心していた。彼自身、エルモアでちょっと金のある若者たちから、ファッションに関しては一目置かれていたのだけど、今、自分に欠けているところがわかった。ジミィのネクタイの結び方をおぼえようとしながら、フロント係は快く情報を提供した。
 そうですね、靴屋でしたら、うまく入り込めるんじゃないでしょうか。この町には、ちゃんとした靴屋が一軒もないんですよ。衣料品店兼雑貨屋が扱ってるだけでして。どんな商売をしても、うまくいくと思います。スペンサーさん、エルモアに落ち着いてみてはいかがですか。いい町ですし、みんないい人ですよ。
 スペンサー氏は、数日この町に滞在して、様子を見たい、と言った。いいや、ボーイを呼ばなくていいよ。このスーツ・ケースは自分で運ぶから。ちょっと重いんだ。
 ラルフ・スペンサー氏。ジミィ・ヴァレンタインは突然、恋の炎に二者択一を迫られ、身を焦がして灰になった。その残りかすから、よみがえった不死鳥。スペンサー氏はエルモアにとどまり、身を立てた。靴屋をはじめ、商売は繁盛した。
 社会的にもスペンサー氏はうまくいって、友人もたくさんできた。そして、心の中で願っていたことも、かなえられた。スペンサー氏はアナベル・アダムス嬢と出会い、ますます彼女の虜となった。
 一年経って、ラルフ・スペンサー氏はこんな感じになっていた。スペンサー氏は近所の人から尊敬されて、靴屋はもうかっている。アナベルと二週間後、結婚する約束をした。アナベルの父親は、田舎に典型的な努力タイプの銀行家で、スペンサー氏のことを認めてくれた。父親から見れば自慢の娘であり、娘からすれば自慢の父親だった。スペンサー氏はアダムス一家やアナベルの姉の一家とうち解け、もう家族の一員のように扱われていた。
 ある日、ジミィは部屋の椅子に坐って、手紙をしたためた。そして、セント・ルイスにいる、信頼できる友人のもとに送った。
 

なつかしい相棒へ
 リトル・ロックのサリヴァンのところに来て欲しい。日にちは来週の水曜夜九時だ。俺のために、ちょっと片づけてもらいたいことがある。それと、俺の仕事道具もプレゼントしたいと思っている。よろこんで受け取ってもらえると思う。一〇〇〇ドルあったって、これと同じものは作れない。ビリィ、俺はもうあの稼業から足を洗ったんだ、一年前に。かわいい店だ。まっとうな生活をして、なんと、きれいな女と二週間後には結婚することになった。これが俺の人生なんだ、ビリィ。まっとうなね。一〇〇万もらったって、もう他人様の金には一ドルだって手をつけない。結婚した後は、売るだけ売って、西部へ行く。西部に行けば、昔やったことでやいやい言われるおそれもないからな。ビリィ、恥ずかしいけど、あの子は俺の天使なんだ。あの子も俺を信頼してくれている。俺だって、もうどこへ行っても、曲がったことなんて絶対にしたくない。頼む、サリヴァンのところへ来てくれ、俺も必ず行く。ちゃんと道具は持って行く。

旧友 ジミィより
 
 ジミィがこの手紙を書いた後の、月曜の夜、ベン・プライスは人目につかないように、貸し馬車でエルモアへやってきた。町を静かに歩き回って、求めるものを見つけた。薬局から、通りを挟んで向かいにあるスペンサー氏の靴屋に目を向けて、ラルフ・D・スペンサーという男をじっくり見た。
「銀行家の娘と結婚するそうだな、ジミィ。」とベンは小さくつぶやいた。「どうなっても知らんぞ。」
 翌朝、ジミィはアダムス家で朝食を摂った。今日はリトル・ロックへ行って、婚礼用のスーツとアナベルへ何かプレゼントを買うつもりだった。エルモアへ来てから、はじめてこの町を離れる日でもあった。もう一年以上になる。あのこなれた〈稼業〉の最後のおつとめから。そろそろ、外に出ても大丈夫な頃だろう。
 朝食を終えると、家族そろって町の中心へ出かけた。アダムス氏、アナベル、ジミィ、アナベルの姉とその幼い娘二人で。子どもは五歳と九歳だった。一行は今もジミィが泊まっているホテルにやってきた。ジミィは部屋に上がって、あのスーツ・ケースを取ってきた。それから、銀行へ向かった。そこにはジミィの馬車と、ドルフ・ギブソンが待っていた。ギブソンはジミィを汽車の駅まで馬車で送ってくれることになっていた。
 一行は、彫刻入りで背の高い樫の柵の向こう、銀行の執務室へ入った。ジミィも連れて入ったということは、将来アダムス家の婿となる男として、どこでも歓迎するという意味でもあった。銀行員一同は、アナベル嬢と結婚する、この愛想のよい美青年から挨拶されて、とてもよろこんだ。ジミィはスーツ・ケースを床に降ろした。アナベルはとても幸せだったし、まだとても若かったから、心臓がどきどきしっぱなしだった。ジミィの帽子をかぶって、スーツ・ケースを持ち上げた。
「これで立派なセールスマンに見えない? あれ、ラルフ。これ、とっても重いのね。なんだか金塊がぎゅうぎゅうづめになってるみたい。」
 とアナベルが笑うと、ジミィは平静を装って、こう言った。
「そこには、ニッケルの靴べらがたくさん入ってるんです。これから返品するんですよ。こうやって持って行けば、輸送費が節約できるでしょう? 僕は最近、倹約にこってまして。」
 エルモア銀行はちょうど新しい金庫室を設けたばかりだった。アダムス氏自慢の金庫室で、誰にでも見てくれと言っていた。金庫室は小さかったが、その扉は新型の特許ものだった。頑丈な鋼鉄製のかんぬきが三つ取り付けられていて、一つのハンドルで同時に動かせるようになっていたし、設定した時間がこないと開かない、時限式の鍵もついていた。アダムス氏は顔をほころばせながら、この仕組みをスペンサー氏に説明した。スペンサー氏は礼儀正しく聞いていたものの、あまり深い興味を示さなかった。その代わり、メイとアガサという二人の子どもが、ぴかぴか光る表面や、かわった時計、ハンドルなどを見て、おもしろそうにはしゃいでいた。
 一同がそんなことをしているうちに、ベン・プライスがふらっと入ってきて、肘をついて、木の柵の間から、さりげなく中をうかがっていた。ベンは出納係に、別に用はないんだ、ただ知人を待っているだけなんだ、と言った。
 だしぬけに、女性の悲鳴が一声、二声上がって、場は騒然とした。誰も見ていなかったところで、年長の九歳の方の娘のメイが、おふざけで、アガサを金庫の中に閉じこめてしまったのだ。そしてアダムス氏がやっていたのをまねして、かんぬきを差し、ダイヤルを回してしまった。
 老銀行家はハンドルに飛びついて、ぐっと引っ張ったが、
「ドアが開かない。時計のねじも巻いていなかったし、ダイヤルも合わせておかなかった。」
 アガサの母親がまたヒステリックに悲鳴を上げた。
「静かに!」とアダムス氏は手をふるわしながら上げた。「しばらく、誰も静かにしなさい。アガサ!」と声の限りに呼びかけた。「聞こえるか!」
 一瞬の静寂があってから、中から子どものかすかな声が聞こえてきた。真っ暗な金庫の中でパニックになって、怖くて泣きじゃくる声だった。
「アガサ! アガサ! 今にもおびえて死んでしまうわ! ドアを開けて! いいから、こじ開けて! 男のくせに、何もできないの!」
 と母親が泣き叫ぶと、アダムス氏はふるえた声で答えた。
「これは、リトル・ロックまで行かんと、誰も開けられるものがおらんのだよ。弱った、スペンサーくん、どうしたらいいんだ? 子どもが……あの中じゃ、長くはもたんのだ。酸素は十分にないし、それに、恐怖でひきつけをおこすかもしれん。」
 アガサの母親は我を失って、金庫室の扉を手でたたいている。ダイナマイトを使ったらどうだ、という意見まで出る次第だった。アナベルはジミィの方を向いた。その目は苦痛に満ちてはいたが、完全に希望を捨て去ってはいなかった。女性にとって、自分の尊敬する人の力さえあれば、不可能なことは何もないと思えるらしい。
「どうにかならないの、ラルフ。ねぇ……ラルフ!」
 スペンサー氏はくちびると鋭い目を、そっとほころばせ、妙な笑みを浮かべて、アナベルを見た。
「アナベル、君の挿している、その薔薇をくれないか。」
 一瞬、自分の耳を疑いながらも、アナベルはドレスの胸に挿していた薔薇のつぼみを外して、スペンサー氏の手の上に置いた。ジミィはそれをヴェストのポケットに押し込み、上着を脱ぎ捨て、シャツの袖をまくった。それとともに、ラルフ・D・スペンサーなる男は消え失せ、ジミィ・ヴァレンタインが姿を現した。
「ドアから離れていてください、みなさん。」とジミィは言葉少なに命令した。
 ジミィは机に愛用のスーツ・ケースを置き、二つに開いた。その瞬間から、誰の存在も気にしていないようだった。ジミィはぴかぴかに磨いた妙な道具を、整然と素早く並べ、仕事にかかるときはいつもするように、小さく口笛を吹いた。あたりは静まりかえり、誰も動こうとしなかった。ただ、ジミィのやることを、魔法にかかったかのように見守るだけだった。
 一分もすると、ジミィの愛用のドリルが鋼鉄製の扉にきれいな穴を開けていた。十分後、ジミィは今までの金庫破りの自己記録を破る早さで、かんぬきを後ろに投げ捨て、扉を完全に開けていた。
 アガサはもうふらふらだったが、命は無事で、母親の腕の中に抱きしめられた。
 ジミィ・ヴァレンタインは上着を羽織って、木の柵の外に出た。正面入り口の方へ歩いていく。そのとき、遠くの方で聞き覚えのある「ラルフ!」という呼び声を聞いたような気がした。だが、ジミィにためらいはなかった。
 入り口のところで、大男が行く手をふさいでいた。
 ジミィは、妙な笑みを浮かべたまま、こう言った。
「やぁ、ベン。ついにやってきたか。それじゃあ、行こう。何を今さら、って感じになるのは否めないけど。」
 すると、ベン・プライスは、ちょっと変なそぶりを見せた。
「何か誤解していらっしゃいませんか、スペンサーさん。わたしには、あなたが誰だったか、さっぱり。そうそう、馬車がずっとあなたのことをお待ちですよ。」
 と、ベン・プライスはきびすを返して、ゆっくりと通りの向こうへ歩いていった。
 
 
 

 
       
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翻訳の底本:Henry, O. (1909) "A Retrieved Reformation"
   上記の翻訳底本は、著作権が失効しています。
   2003(平成15)年4月1日初訳
   2014(平成26)年3月24日微修正
※この翻訳は「クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス」(http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/)によって公開されています。
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翻訳者:大久保ゆう
2014年3月24日作成
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