与謝野晶子詩歌集

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  伊豆の海岸にて 
 
石垣の上に細路ほそみち、 
そして、また、上に石垣、 
いその潮で 
千年の「時」が磨減すりへらした 
大きな円石まろいしを 
層層そうそうと積み重ねた石垣。 
 
どの石垣のあひだからも 
椿つばきの木がえてゐる。 
らうかんのやうな白い幹、 
青銅のやうに光る葉、 
小柄な支那しな貴女きぢよが 
笑つた口のやうなあかい花。 
 
石垣の崩れたところには 
山の切崖きりぎしが 
煉瓦色れんがいろの肌を出し、 
下には海に沈んだ円石まろいしが 
浅瀬の水をとほして 
かめの甲のやうに並んでゐる。 
 
沖の初島はつしまの方から 
折折をりをりに風が吹く。 
その度に、近い所で 
さい浪頭なみがしらがさつと立ち、 
石垣の椿つばきが身をゆすつて 
落ちた花がぼたりと水に浮く。 
 
 
 
 
 
 
 
  田舎の春 
 
正月元日ぐわんじつさとずまひ、 
喜びありて眺むれば、 
まだ木枯こがらしはをりをりに 
向ひの丘を過ぎながら 
高い鼓弓こきふを鳴らせども、 
軒端のきはの日ざし温かに、 
ちらり、ほらりと梅が咲く。 
 
上には晴れた空の色、 
濃いお納戸なんど支那繻子しなじゆすに、 
光、光とふ文字を 
銀糸ぎんしで置いたぬひそで、 
春がて来た上衣うはぎをば 
枝に掛けたか、打香うちかをり、 
ちらり、ほらりと梅が咲く。 
 
 
 
 
 
 
 
  太陽出現 
 
薄暗がりの地平に 
大火の祭。 
空が焦げる、 
海が燃える。 
 
珊瑚紅さんごこうから 
黄金わうごんの光へ、 
まばゆくも変りゆく 
ほのほの舞。 
 
あけぼの雲間くもまから 
子供らしいまろを 
真赤まつかに染めて笑ふ 
地上の山山。 
 
今、ほのほひと揺れし、 
世界に降らす金粉きんぷん。 
不死鳥フエニクス羽羽はばたきだ。 
太陽が現れる。 
 
 
 
 
 
 
 

(つづく)

 
 
 
 
 
 
 
 
     
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 底本:「晶子詩篇全集」実業之日本社 
1929(昭和4)年1月20日発行 
 
「定本 與謝野晶子全集 第九巻 詩集一」講談社 
1980(昭和55)年8月10日第1刷発行 
 
「定本 與謝野晶子全集 第十巻 詩集二」講談社 
1980(昭和55)年12月10日第1刷発行 
 
「みだれ髪」名著複刻全集 近代文学館、日本近代文学館 
1968(昭和43)年12月発行 
※ このファイルは、青空文庫で作成されたものを編集し再構成しています。 
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」を、大振りにつくっています。 
入力:武田秀男 田中哲郎 
校正:kazuishi 富田倫生 
構成:明かりの本 
ファイル作成: 
2004年6月24日作成 
2012年3月23日修正 
2018年12月17日構成 
 
青空文庫作成ファイル: 
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