与謝野晶子詩歌集

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春雨にぬれて君こし草のかどよおもはれ顔の海棠の夕 
 
小草をぐさいひぬ『酔へる涙の色にさかむそれまで斯くて覚めざれな少女をとめ』 
 
 
 
 
 
 
 
  唯一ゆひいつとひ 
 
だ一つ、あなたに 
お尋ねします。 
あなたは、今、 
民衆のなかに在るのか、 
民衆のそとに在るのか、 
そのおこたへ次第で、 
あなたと私とは 
永劫えいごふ、天と地とに 
別れてしまひます。 
 
 
 
 
 
 
 
  秋の朝 
 
白きレエスをとほす秋の光 
木立こだちと芝生との反射、 
そとうちも 
浅葱あさぎの色に明るし。 
立ちて窓を開けば 
木犀もくせいひややかに流れる。 
 
椅子いすの上に少しさしうつ向き、 
おのが手の静脈の 
ほのかに青きを見詰めながら、 
静かなり、今朝けさの心。