与謝野晶子詩歌集

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くれなゐの薔薇ばらのかさねの唇に霊の香のなき歌のせますな 
 
旅のやど水に端居はしゐの僧の君をいみじと泣きぬ夏の夜の月 
 
春の夜のやみなかくるあまき風しばしかの子が髪に吹かざれ 
 
水に飢ゑて森をさまよふ小羊のそのまなざしに似たらずや君 
 
 
 
 
 
 
 
 
  水楼にて 
 
空には七月の太陽、 
白い壁と白い河岸かし通りには 
海からのぼる帆柱の影。 
どこかで鋼鉄の板をたゝく 
船大工のつちがひびく。 
私のひぢをつく窓には 
快い南風みなみかぜ。 
窓のぐ下の潮は 
ペパミントのさけになる。 
 
 
 
 
 
 
 
  批評 
 
我を値踏ねぶみす、かの人ら。 
げに買はるべき我ならめ、 
かの太陽にのあらば。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  過ぎし日 
 
あまつ日を、次に薔薇ばら、 
それに見とれて時経ときへしが、 
疲れたる目を移さんと、 
してやうやくに君を見き。 
 
 
 
 
 
 
 
  春風はるかぜ 
 
そこの椿つばき木隠こがくれて 
なにのぞくや、春の風。 
忍ぶとすれど、身じろぎに 
赤い椿つばきの花が散る。 
 
君の心をきはめんと、 
じつともだしてある身にも 
似るか、素直な春の風、 
赤いまひが先に立つ。