与謝野晶子詩歌集

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わかき小指をゆび胡紛ごふんをとくにまどひあり夕ぐれ寒き木蓮の花 
 
ゆるされし朝よそほひのしばらくを君に歌へな山の鶯 
 
ふしませとそのさがりし春の宵衣桁いかうにかけし御袖かづきぬ 
 
みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこす 
 
 
 
 
 
 
 
  惜しき頸輪 
 
我もやうやく街に立ち、 
ふために歌ふなり。 
ああ、我歌わがうたれ知らん、 
惜しき頸輪くびわを解きて 
日毎ひごとに散らすたまぞとは。 
 
 
 
 
 
 
 
  おもひは長し 
 
おもひは長し、尽きがたし、 
歌はいづれも断章フラグマン。 
たとひ万年生きばとて 
飽くこと知らぬ我なれば、 
恋の初めのここちせん。 
 
 
 
 
 
 
  蝶 
 
はねまだら刺青いれずみか、 
短気なやうなてふが来る。 
今日けふ入日いりひの悲しさよ。 
思ひなしかは知らねども、 
短気なやうなてふが来る。 
 
 
 
 
 
 
 
  欲望 
 
れも取りたし、れもし、 
飽かぬ心のがたし。 
 
時は短し、身は一つ、 
多く取らんはかたからめ、 
中に極めて優れしを 
今は得んとぞ願ふなる。 
 
されば近きをさしきて、 
及ばぬかたへ手を伸ぶる。