与謝野晶子詩歌集

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堂の鐘のひくきゆふべを前髪の桃のつぼみにきやうたまへ君 
 
紫にもみうらにほふみだればこをかくしわづらふ宵の春の神 
 
 
 
 
 
 
 
  我友 
 
ともに歌へば、歌へば、 
よろこび身にぞ余る。 
賢きも智を忘れ、 
富みたるも財を忘れ、 
貧しき我等も労を忘れて、 
愛と美と涙の中に 
和楽わらくする一味いちみの人。 
 
歌は長きもし、 
悠揚いうやうとしてほがらかなるは 
天に似よ、海に似よ。 
短きは更に好し、 
ちらとの微笑びせう、端的の叫び。 
とにかくに楽し、 
ともに歌へば、歌へば。 
 
 
 
 
 
 
 
  恋 
 
わが恋を人問ひたまふ。 
わが恋を如何いかに答へん、 
たとふればちさき塔なり、 
いしずゑ二人ふたりの命、 
真柱まばしらに愛を立てつつ、 
そうごとに学と芸術、 
汗と血を塗りて固めぬ。 
塔は無極むきよくの塔、 
更に積み、更に重ねて、 
世の風と雨に当らん。 
なほひくし、今立つ所、 
なほ狭し、今見る所、 
あまつ日も多くはさず、 
寒きこと二月のごとし。 
頼めるは、かすかなれども 
だ一つうちなる光。