与謝野晶子詩歌集

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ゆあみして泉を出でしわがはだにふるるはつらき人の世のきぬ 
 
売りし琴にむつびのきよくをのせしひびき逢魔あふまがどきの黒百合折れぬ 
 
    × 
はやりを追へば切りがない、 
合言葉をばけいべつせい。 
よくもそろうた赤インキ、 
ろしあまがひの左書ひだりがき、 
づは二三日にさにちあたらしい。 
    × 
うぐひす、そなたも雪の中、 
うぐひす、そなたも悲しいか。 
春の寒さにが細る、 
こころ余れど身がこほる。 
うぐひす、そなたも雪の中。 
    × 
あまりに明るい、奥までも 
けはなちたるがらんだう、 
つばめの出入でいりによけれども 
ないしよにふになんとせう、 
闇夜やみよも風が身にまう。 
    × 
摘め、摘め、れも春の薔薇ばら、 
今日けふの盛りのあか薔薇ばら、 
今日けふいたら明日あす薔薇ばら、 
とがるつぼみの青い薔薇ばら、 
摘め、摘め、れも春の薔薇ばら。