与謝野晶子詩歌集

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このおもひ何とならむのまどひもちしその昨日きのふすらさびしかりし我れ 
 
おりたちてうつつなき身の牡丹見ぬそぞろやよるを蝶のねにこし 
 
 
    × 
人に哀れをひてのち、 
涙を流す我が命。 
うらはづかしと知りながら、 
すべて貧しい身すぎから。 
ああれとても人のうち。 
    × 
なみのひかりか、月の出か、 
寝覚ねざめてらす、窓の中。 
遠いところでかもき、 
心にとほる、海の秋。 
宿は岬の松のをか。 
    × 
十国じつこく峠、名を聞いて 
高い所に来たと知る。 
はなれたれば、人を見て 
みちを譲らぬ牛もある。 
海に真赤まつかな日が落ちる。 
    × 
すべての人を思ふより、 
一人ひとりにはそむくなり。 
いとさびしきも我が心、 
いと楽しきも我が心。 
すべての人を思ふより。 
    × 
雲雀ひばりは揚がる、麦生むぎふから。 
わたしの歌は涙から。 
空の雲雀ひばりもさびしかろ、 
はてなく青いあのうつろ、 
ともにまれぬ歌ながら。