与謝野晶子詩歌集

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その涙のごふえにしは持たざりきさびしの水に見し二十日月はつかづき 
 
水十里ゆふべの船をあだにやりて柳による子ぬかうつくしき(をとめ) 
 
 
    × 
鏡のよりづるとき、 
今朝けさの心ぞやはらかき。 
鏡のにはちりも無し、 
あとに静かに映れかし、 
鸚哥インコの色のべにつばき。 
    × 
そこにありしはだ二日、 
十和田の水がの秋の 
呼吸いきなほする、夢の中。 
せて此頃このごろおもざしの 
青ざめゆくも水ゆゑか。 
    × 
つと休らへば素直なり、 
ふぢのもとなる低き椅子いす。 
花をとほして日のひかり 
うす紫の陰影かげす。 
物みな今日けふは身にくみす。 
    × 
海の颶風あらしは遠慮無し、 
船を吹くこと矢のごとし。 
わたしの船の上がるとき、 
かなたの船は横を向き、 
つひに別れて西ひがし。 
    × 
笛にして吹く麦の茎、 
よくなる時は裂ける時。 
恋のもろさも麦の笛、 
思ひつめたる心ゆゑ 
よく鳴る時は裂ける時。