与謝野晶子詩歌集

.

 
 
 
 
 
 
 
おとに立ちて小川をのぞく乳母が小窓こまど小雨こさめのなかに山吹のちる 
 
恋か血か牡丹に尽きし春のおもひとのゐの宵のひとり歌なき 
 
 
    × 
人わがかどを乗りてく、 
やがて消え去る、森の奥。 
今日けふも南の風が吹く。 
馬に乗る身はいとはぬか、 
野を白くする砂の中。 
    × 
鳥の心を君知るや、 
巣は雨ふりて冷ゆるとも 
ひなを素直に育てばや、 
育てしひなを吹く風も 
ちりも無き日に放たばや。 
    × 
牡丹ぼたんのうへに牡丹ぼたんちり、 
真赤まつかに燃えて重なれば、 
いよいよ青し、庭の芝。 
ああ散ることも光なり、 
かくのごとくに派手なれば。 
    × 
ねやにて聞けば朝の雨 
なかば現実うつゝ、なかば夢。 
やはらかに降る、花に降る、 
わが髪に降る、草に降る、 
うす桃色の糸の雨。 
    × 
赤い椿つばきの散るのきに 
ほこりのつもるうすきね、 
むしろに干すはなんの種。 
少し離れてかきしに 
帆柱ばかり見える船。 
    × 
たび曲つてのぼみち、 
曲り目ごとに木立こだちより 
青い入江いりえの見えるみち、 
椿つばきに歌ふ山の鳥 
花踏みちらすこけみち。