与謝野晶子詩歌集

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神のさだめ命のひびきつひの我世ことをのうつ音ききたまへ 
 
人ふたり無才ぶさいの二字を歌に笑みぬこひ二万ねんながき短き 
 
 
 
 
 
 
 
  木下杢太郎さんの顔 
 
友のひたひのうへに 
刷毛はけの硬さもて逆立さかだつ黒髪、 
その先すこしく渦巻き、 
中に人差指ほど 
あやまちて絵具の—— 
ブラン・ダルジヤンのきしかと…… 
また見直せば 
遠山とほやまひだに 
一筋ひとすぢ降れるかと。 
 
しかれども 
友は童顔、 
いつまでも若き日のごとく 
物言へばみ、 
目は微笑ほゝゑみて、 
いつまでも童顔、 
とし四十しじふとなりたまへども。 
 
とし四十しじふとなりたまへども、 
若き人、 
みづみづしき人、 
初秋はつあきの陽光を全身に受けて、 
人生の真紅しんくの実 
そのものと見ゆる人。 
 
友は何処いづこく、 
なほなほも高きへ、広きへ、 
胸張りて、踏みしめてく。 
われはその足音に聞きり、 
その行方ゆくへを見守る。 
科学者にして詩人、 
に幾倍する友の欲の 
おもりかに華やげるかな。 
 
同じ世に生れて 
相知れること二十年、 
友の見る世界の片端に 
我もかつて触れにき。 
さはへど、今はわれ 
今はわれやうやくにさびし。 
たとふれば我心わがこゝろは 
薄墨いろの桜、 
だ時として 
雛罌粟ひなげしの夢を見るのみ。 
 
うらやまし、 
友は童顔、 
いつまでも童顔、 
今日けふへば、いみじき 
気高けだかささへも添ひたまへる。