与謝野晶子詩歌集

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漕ぎかへる夕船ゆふぶねおそき僧の君紅蓮ぐれんや多きしらはすや多き 
 
あづまやに水のおときく藤の夕はづしますなのひくき枕よ 
 
 
 
 
 
 
 
  母ごころ 
 
金糸雀カナリアひなを飼ふよりは 
我子わがこを飼ふぞおもしろき。 
ひな初毛うぶげはみすぼらし、 
おぼつかなしや、足取あしどりも。 
たらひのなかに湯浴ゆあみする 
よき肉づきの生みのの 
白き裸を見るときは、 
母の心を引立たす。 
手足も、胴も、おもざしも 
を飼ふ親に似たるこそ、 
かの異類なる金糸雀カナリヤの 
ひなにまさりて親しけれ。 
かくて、いつしか親のごと、 
物を思はれ、物はん。 
詩人、琴弾ことひき、医師、学者、 
王、将軍にならずとも、 
大船おほふね火夫くわふ、いさなとり、 
乃至ないし活字を拾ふとも、 
我は我子わがこをはぐくまん、 
金糸雀カナリヤひなを飼ふよりは。 
  (一九〇一年作)