与謝野晶子詩歌集

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  戦争 
 
大錯誤おほまちがひの時が来た、 
赤い恐怖おそれの時が来た、 
野蛮がひろはねを伸し、 
文明人が一斉に 
食人族しよくじんぞく仮面めんる。 
 
ひとり世界を敵とする、 
日耳曼人ゲルマンじんの大胆さ、 
健気けなげさ、しかし此様このやうな 
悪の力の偏重へんちようが 
調節されずにまれよか。 
 
いまは戦ふ時である、 
戦嫌いくさぎらひのわたしさへ 
今日けふ此頃このごろは気があがる。 
世界の霊と身と骨が 
一度にうめく時が来た。 
 
大陣痛だいぢんつうの時が来た、 
生みの悩みの時が来た。 
荒い血汐ちしほの洗礼で、 
世界は更に新しい 
知らぬ命を生むであろ。 
 
れがすべての人類に 
真の平和を持ちきたす 
精神アアムでなくてんであろ。 
どんな犠牲を払うても 
いまは戦ふ時である。 
 
 
 
 
 
 
 
  歌はどうして作る 
 
歌はどうして作る。 
じつと、 
じつと愛し、 
じつと抱きしめて作る。 
なにを。 
「真実」を。 
 
「真実」は何処どこに在る。 
最も近くに在る。 
いつも自分と一所いつしよに、 
この目のもと、 
この心の愛する前、 
わが両手の中に。 
 
「真実」は 
うつくしい人魚、 
つ踊る、 
ぴちぴちと踊る。 
わが両手の中で、 
わが感激の涙にれながら。 
 
疑ふ人は来て見よ、 
わが両手の中の人魚は 
自然の海を出たまま、 
一つ一つのうろこが 
大理石おほりせき純白じゆんぱくのうへに 
薔薇ばらの花の反射を持つてゐる。