与謝野晶子詩歌集

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  黒猫 
 
押しやれども、 
またしてもひざのぼる黒猫。 
 
生きた天鵝絨びろうどよ、 
憎からぬ黒猫の手ざはり。 
 
ねむたげな黒猫の目、 
その奥から射る野性の力。 
 
どうした機会はずみやら、をりをり、 
緑金りよくこんに光るわがひざの黒猫。 
 
 
 
 
 
 
 
  曲馬の馬 
 
競馬の馬の打勝たんとする鋭さならで 
曲馬きよくばの馬は我をてし 
服従の素速すばやき気転なり。 
 
曲馬きよくばの馬のせたるは、 
競馬の馬のたくましくうつくしき優形やさがたと異なりぬ。 
常にひもじきがめ。 
 
競馬の馬もいとまれむちを受く。 
されどむしろ求めてむち打たれ、その刺戟にをどる。 
曲馬きよくばの馬のたゞれてゆるなき打傷うちきずいづれぞ。 
 
競馬の馬と、曲馬きよくばの馬と、 
たまたいち大通おほどほりき会ひし時、 
競馬の馬はその同族の堕落を見て涙ぐみぬ。 
 
曲馬きよくばの馬は泣くべきいとまも無し、 
慳貪けんどんなる黒奴くろんぼ曲馬きよくば師は 
広告のため、楽隊のはやしにれて彼をあゆませぬ……