与謝野晶子詩歌集

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  白楊のもと 
 
ひともとの 
冬枯ふゆがれの 
円葉柳まろはやなぎは 
野の上に 
ゴシツク風の塔を立て、 
 
そのもとに 
野を越えて 
白く光るは 
遠からぬ 
都の街の屋根と壁。 
 
ここまでは 
振返ふりかへり 
都ぞ見ゆる。 
後ろ髪 
引かるる思ひぬは無し。 
 
さて一歩、 
つれなくも 
円葉柳まろはやなぎを 
離るれば、 
たれも帰らぬ旅の人。 
 
 
 
 
 
 
 
  わが髪 
 
わが髪は 
又もほつるる。 
朝ゆふに 
なほざりならずくしとれど。 
 
ああ、たれか 
うつくしく 
ひとすぢも 
乱さぬことを忘るべき。 
 
ほつるるは 
髪のさがなり、 
やがて又 
おさへがたなき思ひなり。 
 
 
 
 
 
 
 
  坂本紅蓮洞さん 
 
わが知れる一柱ひとはしらの神の御名みなたたへまつる。 
あはれ欠けざることなき「孤独清貧せいひん」の御霊みたま、 
ぐれんどうのみことよ。 
 
ぐれんどうのみことにもたまきぬあり。 
よれよれのしはの波、酒染さかじみの雲、 
煙草たばこ焼痕やけあとあられ模様。 
 
もとよりせにたまへば 
きぬとほして乾物ひものごとく骨だちぬ。 
背丈の高きは冬の老木おいきのむきだしなるがごとし。 
 
ぐれんどうのみことのこめかみは音楽なり、 
えず不思議なる何事なにごとかを弾きぬ。 
どす黒く青き筋肉の蛇のふし廻し……… 
 
わが知れる芸術家の集りて、 
女と酒とのあるところ、 
ぐれんどうのみこと必ず暴風あらしごときたりてのゝしたまふ。 
 
何処いづこより来給きたまふや、知りがたし、 
一所いつしよ不住ふぢゆうの神なり、 
きちがひ茄子なすの夢のごとく過ぎたまふ神なり。 
 
ぐれんどうのみこと御言葉みことばの荒さよ。 
人皆その眷属けんぞくごとくないがしろに呼ばれながら、 
なほこの神と笑ひ興ずることを喜びぬ。