与謝野晶子詩歌集

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京之介の絵 
   (少年雑誌のために) 
 
 
 
これは不思議ないへの絵だ、 
いへでは無くて塔の絵だ。 
見上げる限り、頑丈ぐわんぢやうに 
五階重ねた鉄づくり。 
 
入口いりくちからは機関車が 
煙を吐いて首を出し、 
二階の上の露台ろたいには 
だい起重機が据ゑてある。 
 
また、三階の正面は 
大きな窓が向日葵ひまはりの 
花でいつぱい飾られて、 
そこにたれやら一人ひとりゐる。 
 
四階しかいの窓の横からは 
長い梯子はしごが地に届き、 
五階は更に最大の 
望遠鏡が天に向く。 
 
塔の尖端さきには黄金きんの旗、 
「平和」の文字がなびいてる。 
そして、この絵をいたのは 
さい、優しい京之介きやうのすけ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
鳩と京之介 
   (少年雑誌のために) 
 
 
 
秋のあらしれだして、 
どの街の木も横倒よこたふし。 
屋根のかはらも、破風板はふいたも、 
がれて紙のやうに飛ぶ。 
 
おお、このれに、どの屋根で、 
なにに打たれてきずしたか、 
可愛かはいい一羽いちはのしらはとが 
前の通りへ落ちて来た。 
 
それと見るより八歳やつになる、 
さい、優しい、京之介きやうのすけ、 
あらしの中に駆け寄つて、 
じつと両手で抱き上げた。 
 
きずしたはとは背が少し 
うす桃色にんでゐる。 
それを眺めた京之介きやうのすけ、 
もういつぱいに目がうるむ。 
 
はとれよと、口口くちぐちに 
腕白わんぱくどもが呼ばはれど、 
大人おとなのやうに沈著おちついて、 
かぶりを振つた京之介きやうのすけ。